学食は1食200〜300円で、仕送りは月約6万円。学費・寮費・生活費すべて込みで年間約100万円。これが、QS世界大学ランキング30位の中国・復旦大学で暮らす留学生の実際の費用です。
正規留学している日本人はほぼゼロ。その珍しさが武器になり、キャンパスでは「日本人なの? じゃあWeChat交換しよう」と声がかかります。教授にもWeChatで直接電話できる距離感で、日本では想像しにくい近さがあるそうです。
今回お話を聞いたのは、日本の大学を2年で退学し、復旦大学1校だけを受験して合格したTomoさんです。(2025年2月取材)
「併願なし、退路なし。復旦大学に賭けました」
Tomoさん
- 留学先: 復旦大学(中国・上海)
- 経歴: 都内私立中高一貫校 → 日本大学 → 復旦大学
- 費用: 年間約100万円(学費・寮費・生活費込み)
- 進路: 大学院進学を検討中
退学を決めた経緯と親との話し合い、復旦大学の受験プロセス、費用の内訳、授業や寮での暮らし、そして中国で2年間過ごして変わったこと。冬休みで一時帰国中のTomoさんに聞きました。
日大を退学するまで
「気づいたら大学生になっていた」
Tomoさんが通っていたのは、都内の私立中高一貫校。男子校で、大学までエスカレーター式の付属校でした。
中学で運動部に入ったものの、1年で退部。その後は特に打ち込むものがないまま日々が過ぎていったそうです。高校受験もなく、大学受験もない。そのまま日本大学に進学できる環境の中で、Tomoさんは漠然とした焦りを抱えていました。
このまま日本にいて、日大に進学しても、卒業したらごく普通の人生を歩んでしまうのかな。他の人とは違う人生を歩みたいという気持ちがすごく強くなって、そこからなんとなく海外の大学に行きたいっていう考えを持つようになりました。
ただ、当時の学校にはインターナショナルスクールやIB校のような留学文化がなく、具体的な選択肢は見えなかったとのこと。「留学生っていう枠がどうやらあるらしい」という程度の認識のまま、その漠然とした思いは大学2年まで持ち越されることになります。
うつ、蕁麻疹、友達がいない日々
エスカレーター式でそのまま日大に進学したTomoさん。しかし大学生活は、思い描いていたものとはまったく違いました。
友達がいない。目標も見つからない。付属校から上がってきた自分と、外部から入ってきた学生たちとの間に壁を感じていたそうです。やがて心身にも不調が出始めます。心の病にかかってうつ病を発症し、汗をかくだけで蕁麻疹が出る体質にもなりました。
食事をしているだけで体が痒くなり、周囲が彼女を作ったり飲みに行ったりしている中で、「自分は何をやっているんだろう」という感覚が続いていた日々。なんとかこの状況から抜け出したいと思い、まずは環境を変えよう——その方法として、留学を意識し始めます。
入学当初から「退学してやる」と口にしていたものの、具体的に動き出すまでには時間がかかりました。2022年頃からぐちぐちと言い続け、2023年の初めに本格的に退学を決意。4月に退学届を出しています。
中国が視野に入った理由
Tomoさんの父親は中国人で、小学校の6年間を上海の日本人学校で過ごした経験があります。中国語は家庭内で「半々」程度に触れていたものの、本格的な勉強は高校から。HSK(中国語能力試験)にも継続的に取り組んでいました。
「自分が他の人と違うところは何だろう」と考えたとき、中国での経験と中国語力が浮かんだそうです。ただし、それだけが理由ではありませんでした。
大学2年生まで日本の大学に進学してしまうと、そこからSATとかIELTSを受けても間に合う気がしない。理想と現実が噛み合わさって、中国にしたっていう感じですね。
中国語のアドバンテージを活かせること。欧米の大学はSAT(米国の大学進学適性試験)やIELTS(英語能力試験)の準備期間を考えると現実的に厳しかったこと。この2つが重なり、留学先は中国に絞られていきました。


2023年4月に退学届を出した後、9月に復旦大学に入学するまで約5ヶ月間の空白期間がありました。ただ、この間もTomoさんは動き続けています。心の病を患った経験から精神面のカウンセリングボランティアに参加したり、地元でベトナム人に日本語を教えるボランティアをしたり、塾講師のアルバイトをしたり。友人が通う早稲田大学に「潜って」一緒に授業を受けたこともあったそうです。
さらに、自分で日本語教室を立ち上げて早稲田の学生をバイリンガル講師として集め、オンラインで中国人に日本語を教える仕事もしていました。その中には、復旦大学の大学院生もいたとのこと。中国に渡ったのは入学の約2ヶ月前で、その間に現地の塾で受験勉強を集中的に行っています。
復旦大学に全てを賭ける
「自由が大事だった」——復旦1校だけに絞った理由
中国の大学を調べる中で、Tomoさんが最終的に選んだのは上海の復旦大学でした。
QS世界大学ランキング2026では世界30位。北京大学(14位)・清華大学(17位)に次ぐ中国トップ3の位置にあり、文系、特に国際政治の分野では中国トップクラスの評価を受けている大学です。中国の大学は基本的にすべて国立で、復旦大学もその一つ。
北京大学や人民大学、南京大学、南開大学なども候補として調べたそうですが、最終的に出願したのは復旦大学のみ。
北京だと政府の力が強くて中国感が強い。上海はもっと開かれた場所でグローバルで、日本人の数も中国の中で最も多い。復旦大学は中国の大学で最も自由な大学と言われていて、自由が僕にとっては大事だったんで。
小学校時代に上海に住んでいた土地勘もあり、留学生が多くキャンパスの雰囲気が開放的であることも決め手の一つでした。
この一本に全てを賭けるっていう感じで受験しました。
HSK6級、3科目テスト、面接——受験の全プロセス
復旦大学の受験で求められたのは、以下の4段階でした。
| ステップ | 内容 |
|---|---|
| ① HSK6級 | 中国語能力試験の最上位レベル。有効期限2年のため取り直しが必要だった |
| ② 書類審査 | 高校の成績表+課外活動の履歴書(A4約1枚)。エッセイ・推薦状なし |
| ③ 基礎学力テスト | 国語・英語・数学の3科目。復旦大学独自の試験。オンラインで受験可能 |
| ④ 面接 | 復旦大学による面接 |
HSKは大学在学中から受験を重ね、2023年に改めて6級を取得。書類には、囲碁部で四段を取ったこと、ピアノのコンクール受賞歴、自分で立ち上げた日本語教室の活動などを記載したそうです。
3科目の基礎学力テストには意外な壁がありました。
文系のテストにもかかわらず、なぜか数学IIICまで出るっていう謎の問題がありまして。これは死ぬなと。
現地で中国語で出題されるこのテストに備え、上海の塾で約2ヶ月間集中的に勉強したとのこと。テスト自体はオンラインで、日本からでも受験可能でしたが、Tomoさんは渡航して現地で受けています。ただし点数は公表されず、合否のプロセス全体が不透明だったそうです。
留学生向けの試験は中国人学生の全国統一テストとは別で、倍率も低い。「そもそも受ける人がいない」という面もあったようです。
エージェントからの提案を断った話
出願を支援してくれたのは、中国の個人エージェントでした。小学校時代の友人の母親の知人という人づてのつながりで見つかった人物で、公式サイトもなく、WeChat(中国版LINEのようなメッセージアプリ)でのやり取りが中心。相談自体にはお金はかからなかったそうです。
エージェントを見つけた経緯自体が、中国らしいものでした。
中国あるあるかもしれないんですけど、特に公式サイトがあったりしっかりしてるわけじゃない。
友達に聞いて「俺の知り合いにこういうのいるよ」みたいな感じで、WeChatでポンポンポンポン人がつながっていく。溺れる者は藁をもつかむみたいな感じで、「エージェントあるんだ! じゃあ紹介してくれ!」って。
このエージェント経由で最新の受験情報が手に入ったことは助かったそうです。Googleと中国の百度(バイドゥ)で検索結果が異なるため、ネットの情報だけでは何を信じていいか分からなかった。「人を通して聞くのが一番信用できる。それは中国らしいのかもしれない」とTomoさんは話していました。
ただ、一つ提案を断った場面がありました。Tomoさんの高校の成績があまり良くなかったことから、エージェントが評価基準の変換を提案したそうです。日本の評価を別の基準に置き換えれば、見栄えが良くなるという話でした。
成績を作り変えるわけではなく、評価基準を変換するだけなので、やっていること自体が問題というわけではありません。それでもTomoさんは、最初から何もいじらない方が安心だと感じ、素の成績のまま出願。結果として、そのまま合格しました。
意見が食い違った日々——親との話し合いと覚悟
ご両親への相談は、退学するタイミングで行いました。最初は意見の食い違いもあったそうです。
「中国は勉強一本」「日本の大学の方が絶対いい」「中国の大学を出て就職どうするんだ」って。「日大の2年間は何だったんだ」っていう話にもなりました。
それでもTomoさんの意志は動きませんでした。
落ちたら受かるまで、何度でも受験すると言ってました。
最終的にはご両親も納得してくれたそうです。高校時代に「大学に入ったら自由にしていい」と言われていたことを引き合いに出して、「しょうがないよね」という空気になったとのこと。
お金と安全面については、父親が中国に住んでいて事情に詳しかったこともあり、大きな懸念にはならなかったとのこと。物価の安さや治安の良さは、家族にとって既に分かっている情報でした。
学費・生活費のリアル
Tomoさんによると、学費・寮費・生活費をすべて含めて年間約100万円。留学生の費用は中国人学生より高めに設定されているものの、それでもこの金額に収まるそうです。
費用の内訳
| 項目 | 金額・詳細 |
|---|---|
| 年間総額 | 約100万円(学費・寮費・生活費込み) |
| 学費 | 毎年支払うことも、卒業前に一括で支払うことも可能 |
| 寮費 | 2人部屋:1日80元(約1,600円)。1人部屋:1日120元(約2,400円) |
| 食費 | 学食1食200〜300円。麺類は300〜400円。自炊ゼロ |
| 仕送り | 月3,000元(約6万円)。父からWeChatPayで送金 |
| 交際費・雑費 | 月300元(約6,000円)以下 |
| 保険 | 大学の留学生保険(強制加入)。日本側の保険は未加入 |
| 通信 | 中国電力のSIM。金額は把握していない |
| 銀行 | 中国銀行。パスポートのみで開設可能 |
※ Tomoさんの場合、父親が中国に在住しているため国際送金は利用していない。送金はWeChatPayで直接行っている。
寮と日常の決済
留学生寮は中国人学生の寮とは別に設けられていて、設備が良い代わりに費用も高め。2人部屋か1人部屋を選べる仕組みで、Tomoさんは2人部屋を選択しています。部屋にはベッド、机、トイレ、シャワーが備わっていて、キッチンは部屋の外に共用スペースとしてあるものの、自炊する学生はほとんどいません。
ただ、2人部屋を選んだもののルームメイトが割り当てられず、実質1人部屋だった時期がありました。寮は男女混合で、その頃は「隣も前も横も全員女の子だった」そうで、たまに変な噂が立つこともあったと笑っていました。
寮のWi-Fiは「10分に1回切れる」とのことで、切れるたびにパスワードと学籍番号を入力して再接続する、という作業を繰り返す日々。通信環境は、やや覚悟が必要な部分です。
学費の支払いは柔軟で、毎年払うことも、卒業前にまとめて払うこともできる仕組みになっています。
中国での日常決済は、ほぼすべてスマホで完結するそうです。現金を使う場面はほとんどなく、WeChatPayとアリペイ(Alipay)の2つが主流。Tomoさんは主にWeChatPayを使っています。
WeChatPayだと友達同士の送金がめちゃくちゃ簡単なんですよ。アイコンを押して長押しして送金ボタンを押したら、数字入力して送れる。


復旦大学で過ごす日々
にぎやかで、誰も周りの目を気にしていない街
小学校以来の上海。到着して最初に感じたのは、街のザワザワした空気感でした。
人が多いんでザワザワしてて、うるさかったんで周りも。僕はそういうのが結構好きだった。日本だと静かすぎて孤独だなって感じてたんで。
道路にタンを吐く人もいれば、腹を出してタバコを吸っているタクシー運転手もいる。日本では嗅いだことのない匂いが混ざり合う街。Tomoさんにとってそれは不快ではなく、むしろ解放感だったと話していました。
誰も周りの目を気にしてないんですよ。何でもありっていう感じで。ここだったら何をしても別にいいだろうって思えた。
日本にいた頃は、一人で食事をしているだけで「ぼっちだと思われるんじゃないか」と気にしていたというTomoさん。人口の多さゆえに誰も他人を気にしない上海の空気は、その圧力を溶かしてくれるものだったようです。
教授にWeChat で電話できる距離感
復旦大学で驚いたことの一つが、教授との距離の近さでした。
教授との距離がめちゃくちゃ近い。日本だとメールで先生とやり取りするのが基本だけど、中国ではLINEみたいな感覚で教授とも友達のように話せる。敬語もないし、仲良くなると先生と電話するとかが全然ある。
ただし上下関係がないわけではなく、インターン先では厳しい上下関係があるとのこと。「学校の中だけはみんな平等」という独特の切り分けが面白いと話していました。
授業のスタイルは、基本的に教授が前で講義する受け身型。ただ課題の量は日本と比べものにならないほど多い。
期末論文になると、日本の普通の大学の卒論に当たるぐらいの量はあるかなと。「この本とこの本を読んで、読書感想文を8000字書いてきなさい」みたいなのは結構あった。
ディスカッション形式の授業もあるものの、実態は少し変わっていました。全員がGPA(成績の総合評価指標)を重視するあまり、事前に仲間内で台本を作っておくことが珍しくないそうです。「こういう質問をするから、こう答えてね」と決めておいて、あとは演じるだけ。こうしたGPA至上主義の文化は、Tomoさんにとって後に中国の気になる側面として意識されるようになります。
一方で、留学生という立場を活かす術もあるそうです。TA(授業補助の学生)や教授に「日本人です」と伝えるだけで配慮してもらえることがある。テスト前に質問しに行けば丁寧に対応してもらえるし、中国語のハンデも理解してもらいやすい。「留学生っていうポジションを逆に生かす。サバイバル術ですね」とTomoさんは笑っていました。


「日本人なの? じゃあWeChat交換しよう」
復旦大学で正規留学をしている日本人は、Tomoさんの知る限りゼロに近い。その珍しさが、友達を作る入口になっていました。
日本人ってだけで声をかけてくる。「君日本人なの?」「はい」「じゃあWeChat交換しよう」「今度飯でもどう?」って。基本ずっと誰かと一緒にご飯を食べるみたいなノリ。
授業中に教授から「この日本人の学生に聞いてみましょう」と突然指名されることも。大教室で一斉に注目を浴びる場面には戸惑いましたが、その分だけ顔を覚えてもらえて、声をかけられることが増えていったと振り返っていました。
ルームメイトはフランス人で、パリ政治学院(Sciences Po、フランスの名門校)からの交換留学生。キャンパス全体では東南アジアからの学生(マレーシア、タイ、ラオスなど)が多く、多国籍な環境です。友達ができるきっかけも独特で、寮のエレベーターでタイ人の学生から突然「かわいいね」と声をかけられ、そのままWeChat交換→食事→友達に、という流れだったそうです。
言葉が分からないまま場の空気で乗り切ろうとして失敗したエピソードもあります。中国語が聞き取れなかった場面でとりあえず「うんうん」と頷いたところ、実は相手が冗談半分で失礼なことを聞いてきていた。「イエス」と答えたことで気まずい空気になってしまったそうです。
分からなくても空気を読んで乗り切ろうとしちゃうんですけど、中国では何事も質問して、自分から積極的にいかないと相手も理解してくれない。逆にそれで友情が築けたりする。
食堂4つ、サークルは毎回メンバーが変わる
キャンパスは全部で4つ。普段の生活はキャンパス内でほぼ完結する環境です。食堂はキャンパス内に3〜4か所あり、飽きたら別の食堂に移ればいいという感覚。
小籠包、北京ダック、ラーメン……本当に何でもある。中華料理って一括りに言っても、いろんな地域の料理が揃っている。日本料理もあるけど、出来は悪いです。
毎週金曜日は、ルームメイトと友人と一緒に別のキャンパスのジムで筋トレをし、帰りに外食してピザを食べる。それがTomoさんの定番の過ごし方です。
サークル文化は日本とかなり違います。日本では入部したら固定メンバーで活動するのが一般的ですが、中国では毎回メンバーが入れ替わることも珍しくありません。
基本みんな勉強しかしてこなかったから、「体験してみたい」とか「友達作りに来ました」っていう子がほとんどで、ガチでやろうって思ってる人はいない。
こうしたフットワークの軽さは、学生生活全般にも通じるものがあるようです。博士課程に戻ってきた友人に理由を聞くと、「社会に出てうまくいかなかったし、めんどくさいから学生をもう一度やりたい」と平然と答える。日本で同じことを言ったら「社会なめるな」と言われそうな場面でも、中国ではそれが普通に受け入れられている。
Tomoさんはそうした空気に触れて、「もうちょっとテキトーでよかったんだ」と感じたこともあったと話していました。
中国で変わったこと、見えてきたこと
体重100kgから走り始めた朝
留学前、Tomoさんの体重は100kgを超えていました。そして暑くなると出る蕁麻疹。朝に走って汗をかくと、その日だけは蕁麻疹が治まることに気づき、毎朝5時に起きてランニングを始めました。2年前から続いているこの習慣が、体の変化だけでなく、メンタルの改善にもつながっていきます。
走って、あっち(中国)に行ってメンタルも良くなって、痩せてきて。人も明るくなった。昔は本当に学校にも行けなかったのに。
環境を変えたことだけが原因ではないのかもしれません。ただ、日本で行き詰まっていた場所から物理的に離れたことが、変化の入口になったことは確かなようです。
溶け込むほど見えてきた「もう一つの顔」
入学直後は「ここ最高」と感じていたというTomoさん。しかし2年目に入る頃から、別の感情が生まれ始めます。最初のうちは帰りたいと思うことがなかったのに、後半になるにつれて日本を懐かしく感じるようになったそうです。
打ち解けてしまうと、今度は中国に溶け込んでいるからこそブラックな面を見てしまう。そうなると日本と対比して、「日本ってこういうところが良かったんだ」と思えてくる。
具体的に感じたのは、人を評価する基準の偏りでした。GPAや成績がほぼすべての物差しになり、それ以外の能力(部活動で培ったチームワークや、何かを継続する粘り強さ)が評価されにくい文化。大学主催のバレーボール大会に参加しても、友好試合という位置づけで本気で戦う学生がいない。
日本の部活で鍛えられた精神力とか、チームプレーとか、勉強では測れない何かっていうのがもっと希少だなと思いました。
一方で、個人として接する分にはみんないい人だったとも強調していました。中国の学生たちも変わろうとしている最中にあること、しかし人口の多さや競争の構造がどうしても成績偏重に引き戻してしまうこと。そのあたりの事情を、Tomoさんは2年間の生活の中で肌で感じ取っていたようです。
日本に帰ると「距離感バグってる」と言われる
中国での生活が長くなるにつれて、一時帰国のたびにある変化を指摘されるようになりました。
友達から「距離感がバグってる」って言われる。初対面の人にも平気で友達のように喋ってしまうんで、引かれることがある。
日本語がつまづくようになったことも感じていると話していました。中国語が伸びる一方で、母国語であるはずの日本語が少しずつ遠くなっていく。日本語と中国語のバイリンガルでありながら、中国での生活が長くなるにつれて言語のバランスが変わっていく。そんな変化を感じているそうです。
2年目のいま考えていること
2年前は「人生を変える」という衝動で飛び込んだ中国。蕁麻疹は改善し、友達もでき、大学生活は楽しい。日本研究センターで大阪府の翻訳に関わったり、日本人というだけでさまざまなチャンスが降ってくる環境。それは間違いなく恵まれた状況です。
今は、新たな目標を探してさまざまなことにチャレンジしている段階だとTomoさんは話していました。朝のランニングの中で、一つの気づきがあったそうです。
ランニングってずっときついから自分と向き合うじゃないですか。それで気づいたんです。敵とか目標を外に置くんじゃなくて、敵を自分にしちゃえば良くない?って。目標なんて必要なかったんだなって。自分が最大の敵なんで。


卒業後のキャリアについては、大学院進学を検討中とのこと。復旦大学の大学院は3年制で、文理問わず院に進む学生が多い環境だそうです。日本に帰ることは今のところ考えていないものの、まだ明確な進路は決まっていないと率直に話していました。2年間の旅や経験の中で、次の行き先が見つかるかもしれない。今はそこに期待しているそうです。
最後に、これから中国への留学を考えている人へのメッセージを聞きました。
短期でも交換でもいいから、一度行ってみてほしい。旅行だと風景を見て終わるだけだけど、学生というポジションだからこそ、その国の内部まで深く見ることができる。
中国は物価が安く、技術も進んでいて、治安も悪くない。2年間で差別を受けた経験は一度もなく、日本人はむしろ歓迎されているというのがTomoさんの実感です。メディアで報じられているイメージとは、かなり違う。学生だからこそ共産党員ともフラットに関われるし、社会に出てからでは見られない中国の内側に触れることができる。それも学生のうちに行く価値だとTomoさんは考えています。
ただし、正規生として4年間を過ごすなら、考え方や文化の違いを受け入れる覚悟は必要。2年間そこで過ごしてきたTomoさんが、そう話していました。









