日本の大学受験のあとマレーシアAPUへ——海外経験ゼロからセブ島を経て進学したY.F.さんに聞いた

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海外に出たことは一度もなかったそうです。日本の大学受験に不合格になったあと、姉に「海外の大学に直接行ってみたら」と言われたことがきっかけで動き始めました。セブ島で3ヶ月のIELTS対策を経て、APUに入学しています。

学生の半数が留学生というAPUの環境は、想像以上に「外国」だったそうです。最初にできた友達はタジキスタン出身。月々の生活費は3回の引っ越しを経て6万円に落ち着きました。

今回お話を聞いたのは、姉の一言をきっかけに海外大学への直接進学を決め、APU(Asia Pacific University)でデジタルマーケティングを学ぶY.F.さんです。(2026年2月取材)

INTERVIEW GUEST Y.F.さんの写真

「家族が支払ってきたコストの上に、今の自分がある」

Y.F.さん

  • 高校: 大阪府の公立高校
  • 大学: APU(クアラルンプール)
  • 専攻: Digital Marketing
  • いま: 大学2年・ファーミングクラブ部長
  • 生活費: 月6万円弱(学費別)

Y.F.さんに、受験に落ちてからマレーシアを選ぶまでの経緯、セブ島での3ヶ月間のIELTS対策、APUでの授業や住まいのリアル、そして3回の引っ越しを経て見つけた月6万円の暮らし方まで聞きました。

CONTENTS

受験に落ちて見つけた、海外という選択肢

姉の一言で開けた「直接進学」という道

もともと海外には漠然とした興味がありました。母や叔母がアメリカに短期の語学留学をしていた話を聞いていたこと、高校1年生のときに自転車で世界を13周した人の講演会に足を運んだこと。そうした経験が重なって、いつか海外に行きたいという気持ちはあったそうです。

ただ、当時の計画は「まず日本の大学に入って、交換留学か休学で1年くらい行けたらいいな」という程度のもの。行きたい国も大学も決まっておらず、漠然と欧米やオーストラリアを想像していました。家庭の経済的な事情やコロナ禍の影響もあり、まずは国内大学を目指す選択をしたそうです。

2023年の1月〜2月、日本の大学を受験。結果は不合格でした。浪人するかどうか考えていたとき、お姉さんからこう言われます。

Y.F.さん

海外の大学に直接行ってみたら。

交換留学ではなく、海外の大学に直接進学する。「確かにその手があるんだ」。それまで考えたこともなかった選択肢でした。海外経験はなく、大学にも詳しくない。それでも、ここから動き出したそうです。

予算で決めたマレーシア、多様性で選んだAPU

留学エージェントに片っ端から連絡を取ることから始めました。Googleで「留学エージェント」「アメリカ留学エージェント」と検索して、上から順に当たっていく「ブルドーザー作戦」。オンラインで相談を重ねるうちに、最初の壁にぶつかります。

いろんなエージェントさんの話を聞いている中で、やっぱり欧米って学費も生活費も高いから難しいなという話をしていたら、エージェントさんがマレーシア留学というのがありますよって教えてくださって。

ひとり親家庭という事情もあり、予算は最も重要な条件でした。気候や治安には「行ったら慣れる」とこだわりはなかったものの、予算だけは「慣れとかじゃない、自分でどうしようもできないところ」だと話していました。

マレーシアは距離が近く、コストも比較的安い。多宗教・多民族の国という点にも面白さを感じ、マレーシアに決めたそうです。大学選びに迷いはありませんでした。

APUって学生の半分ぐらいが留学生で、それも世界百何十カ国から集まってて、すごい多様性に富んで面白そうな大学だなと思いました。

他の大学は日本人が多いと聞いていたこともあり、テイラーズなどは検討せずAPU一択。当時は「留学するからには日本人とは関わらずに」というマインドだったそうです。ただ、この考えは渡航後に変わりました。

「日本人って価値観が似ている人が多いし、ユニークな活動をしている面白い人もいるから、積極的に交流すべきだなって、今は思っています」

マレーシアのAPU大学に正規留学されているY.F.さんが撮影した夜のAPU大学外観

セブ島3ヶ月——IELTS 4.5から6.0へ

毎週模試がある英語漬けの日々

APUへの入学にはIELTS(海外大学の入学に広く使われる英語試験)のスコアが必要です。Y.F.さんはフィリピン・セブ島で3ヶ月間(2023年8月〜10月)の語学留学を経てスコアを取得しました。

セブ島の語学学校では、早い日は朝6時半から夕方6時まで、月曜から金曜まで授業が詰まっています。毎週木曜の夜にはIELTSの模試があり、スピーキングは昼間に、ライティング・リーディング・リスニングは夕食後にまとめて実施。毎週スコアが出る仕組みでした。

マジで詰め込み教育は効果あったと思います。毎週結果が出る。それがモチベーションにもなるし。

語学留学初日の模試はオーバーオール(総合スコア)4.5。最初の2週間で5.0に上がったものの、そこから5.0〜5.5で停滞する期間が続きます。最後の2週間で模試のスコアが6.0〜6.5まで伸び、最終的に本番のIELTSで6.0を取得。本番を受けたのはセブ島留学の最後に1回だけ。留学前に受けたこともなく、一発勝負でした。

Y.F.さんが特に力を入れたのはライティングです。毎日先生に添削してもらい、語彙が増えたことでリーディング力も上がった実感があるとのこと。

「ライティングは出題にパターンがあるので、テンプレを何個か覚えておけば対応できる」。繰り返し模試を受けたからこそ分かったコツだそうです。

授業はオールイングリッシュでしたが、授業外では母国語も使える環境でした。語学学校によっては敷地内で英語を義務づけるところもあるそうですが、Y.F.さんの学校はそうではなかったとのこと。「強制的に勉強する環境」が英語力を伸ばした大きな要因だったと話していました。

初めての海外でホームシック

セブ島は、Y.F.さんにとって初めての海外でした。

初海外で不安すぎて。語学学校の寮が最初の1週間くらい空いてなくて、隣のホテルで寝泊まりしてたんですけど、ダブルベッドくらいでかいベッドにポツンと一人で。最初の1週間はめっちゃ帰りたかった。

APUに来てからはホームシックにならなかったそうです。「セブでホームシックを経験していたからかもしれない」と振り返っていました。一人でセブ島に飛び込んだ経験は、Y.F.さんの中で大きかったといいます。

出願から渡航まで

必要だったのはIELTSと高校の成績だけ

Y.F.さんの留学準備から入学までの流れは以下の通りです。

時期出来事
2023年1〜2月日本の大学を受験、不合格
2023年3月姉の提案で海外進学を検討開始
2023年5月マレーシア留学を決意
2023年8〜10月セブ島で語学留学(3ヶ月)
2023年10月IELTS 6.0取得、APUに出願
2024年3月APUファウンデーション入学
ファウンデーション修了後学部(デジタルマーケティング)に進学

APUの出願に必要だったのは、IELTSのスコアと高校の成績の2つだけ。エッセイは不要でした。IELTSの結果が返ってきたら即座にPDFをエージェントに送り、入学申請とビザの手続きを進めてもらったそうです。

ファウンデーションの入学要件はIELTS 5.0、学部は5.5(Y.F.さんの記憶による)。6.0を取得していたため学部への直接入学も可能でしたが、英語で勉強することへの不安からファウンデーションを選びました。

入学するまでに大変だったのは英語の勉強だけだったそうです。「他の留学生の話を聞くと親を説得するのが大変だったとも聞くんですけど、うちはそういうのがなかった」とのこと。

エージェントは「安心材料」として

Y.F.さんが利用したのはマレーシア留学専門のエージェント。費用は約10万円で、入学申請とビザ申請の代行に加え、セブ島の語学学校の紹介もしてもらいました。

マレーシア留学を扱うエージェント自体が少なく、選択肢は2〜3社程度だったそうです。渡航後のサポートも含まれていたことが決め手になったとのこと。

振り返ると、入学申請やビザ申請は自分で調べればできる内容だったと感じているそうです。ただ、これは結果的にスムーズに進んだからこそ言えることで、もし自分で手続きをしていたら同じようにいったかは分からないとも話していました。

手続きの内容を調べてみて自分でできそうなら自分でやればいいし、難しそうであれば無料のエージェントも含めて検討すればいい。初めての海外でマレーシア留学という未知の選択だった当時、「安心材料としてエージェントを利用するのはあり」というのがY.F.さんの考えです。

ファウンデーション——勉強面はなくてもよかった

Y.F.さんはAPUのファウンデーション(大学準備課程)を経て学部に進学しています。ファウンデーションの授業自体は「簡単だった」とのこと。他の大学(INTIなど)のファウンデーションは難しいと聞いているものの、APUに関しては問題なかったそうです。

今振り返れば意外と大丈夫なので、ファウンデーションの中身自体はなくてもよかったかなと。ただ、そこでめっちゃ仲良い友達できたんで、行ってよかった。

学部もセブ島留学後の英語力でそのまま入れたと感じているそうです。ファウンデーションから学部への進学にエッセイや追加のIELTSは不要で、卒業できればそのまま進める仕組みでした。

Y.F.さん個人の感想としては「おすすめはしない」とのこと。ただし大学によって事情は異なります。

渡航前の情報収集

APUに行くと決めてから、YouTubeやインスタグラム、大学のホームページで情報を集めたそうです。YouTubeでは「Kiki’s Life in Malaysia」というAPUに通っていた日本人学生のVlogが参考になったとのこと。

特に役立ったのは、実際にマレーシアに留学している日本人学生にオンラインで話を聞けるサービスでした。先輩から聞いた中で一番参考になったのは「何を持っていくべきか」。

「だいたい持ってこなくていいですよ、こっちで手に入るから。究極的にはキャリーケース1個だけでも十分」

APUには一応ドレスコード(ビジネスシャツにスラックスなどフォーマルな服装)がありますが、渡航前に在学生に確認したところ「実際には機能していない」とのことでした。コロナ前はちゃんと運用されていたそうですが、今はカジュアルな格好で通学しているそうです。プレゼンテーションのときだけフォーマルな服装にするとのこと。

APUでの大学生活

初日——「ここ日本じゃないんや」

空港からオンキャンパスの寮にそのまま直行。天井の高い建物の中で、あらゆる国籍の学生が英語やそれぞれの母国語で話していました。

自分以外みんなが、ここ日本じゃないんやなって思い知らされた。いろんな国籍の人が英語はもちろん、母国語で喋ったりして。初日は不安と恐怖を感じました。

初日にはもう1つ困ったことがありました。APUの学食はカード(学生証)で支払う仕組みですが、まだカードが手元になく、ご飯の買い方が分からない。日本から持ってきたお菓子で初日の飢えを凌いだそうです。

翌日オフィスで学生証を受け取り、キオスクで現金をチャージしてようやく食事ができるように。現在はクレジットカードも使えるようになったとのことです。

マレーシアのAPU大学に正規留学されているY.F.さんが撮影した夜のAPU大学内部の様子

翌日には近くのパビリオンまで出かけ、SIMカードや洗剤などの生活用品を購入。コインランドリー代を節約するために、ダイソーでカゴと洗濯板を買って手洗いで洗濯をしていたそうです。

キャンパス内にはブロック(建物)が多く、最初は教室の場所が分からず迷子になりやすかったとのこと。「もう、慣れです」。

英語面では、インド系の先生の英語が全く聞き取れなかったのが最初の壁でした。友達に「今なんて言ってた?」と英語で通訳してもらうこともあったそうです。先生はマレー系、インド系、アラブ系と多様で、それぞれの訛りに慣れるまで時間がかかったといいます。今は問題なく聞き取れるとのこと。

友達同士の日常会話では訛りがあっても意思疎通に困ることはなく、「授業で難しい話を強い訛りの英語でされるとキツいけど、日常会話なら別に」という感覚だそうです。

デジタルマーケティングを選んだ理由

マーケティングはどの業種にもある分野で、「どこでも働ける」と考えたこと。APUがIT・デジタル分野に強い大学であるため、通常のマーケティングではなくデジタルマーケティングを選んだそうです。

APUの日本人学生はIT系やコンピュータサイエンス系に多く、ビジネス系は少数派。Y.F.さんが入学したマーチインテーク(3月入学)の同期には、日本人は自分だけだったといいます。

APUの入学時期は7月、9月、3月の3つで、最も規模が大きいのは9月。学部やコースによっては11月や1月のインテークもあるそうです。

履修登録がない。スケジュールは「運」

APUの特徴的な点として、履修登録がありません。受講する科目もスケジュールも大学側が決めて通知する仕組みです。

ランダムに入れられるから、平日満遍なく授業が入ることもあるし、どこかが休みの日もある。しかも学期内に1回シャッフルされるんですよ。だから個人的なスケジュールが不安定です。

授業はレクチャー(座学)とチュートリアル(演習・ケーススタディ)の二本立てで、1クラスは約20人。Y.F.さんのマーチインテーク×ビジネス系は特に人数が少なく、レクチャーもチュートリアルも同じメンバー。先生だけが異なります。

ディスカッションは一応ありますが、「やりたい人が積極的にやっている感じ」。数人の積極的な学生を中心にクラスが回っているそうです。

1年目はマーケティング基礎、アカウンティング基礎、ビジネス経済基礎といった基礎科目が中心で、2年目から専門領域に入っていく構成です。

課題と試験

課題はグループワークが中心です。経済の授業では、東南アジアから1カ国を選んでその国の経済状況についてレポートを作成し、プレゼンテーションで発表する形式。1学期に1つ大きな課題があり、これが成績評価の対象になります。

普段の課題(エッセイなど)は先生が都度出すもので、成績に反映されないことが多いそうです。ただし、やらなければ「してきてって言ったよね」と詰められるため、サボれる雰囲気ではないとのこと。「他の大学より課題は少なめかなと思います」と話していました。

試験は数学の計算問題を除き、すべてパソコンで実施。Safe Exam Browserという専用ブラウザを使い、途中でブラウザを閉じるとバレる仕組みになっています。

プレゼンテーション後の質疑応答は、今でも課題が残っているそうです。先生からの質問に英語でアドリブで返すのが難しく、「まだ伝えたいことが伝えられない場面がある。英語でのアドリブ力はまだ不安です」とのことでした。

住まい——3回の引っ越し

寮は4ヶ月で出た

最初はAPUのオンキャンパス寮に入りました。4人部屋で、廊下の入口を開けると左右にそれぞれ小部屋があり、2人ずつ住む構造。トイレ・シャワーは4人で共有です。家賃は850リンギット。

部屋には冷蔵庫、電子レンジ、ポットが備え付けられていて、ドライヤーも共有で使えたそうです。キッチンはフロアに1つで、他の部屋の住人とも共用する形。使い勝手が悪く、近くにスーパーもなかったため、自炊はせず毎日学食で済ませていました。

もともと引っ越す前提での入寮で、4ヶ月で退去しています。「寮って家賃が比較的高いのに交通の便が悪い」というのが理由でした。

同居人トラブルで過ごした6ヶ月間

寮を出て、近くのコンドミニアムに移りました。すでに日本人とバングラデシュ人が住んでいる部屋に、3人目として入居。ミドルルームで家賃は750リンギット。仮住まいのつもりで6ヶ月だけの契約にしていたのが、結果的に「運が良かった」と振り返っています。

この6ヶ月間が、留学中で一番辛い時期だったそうです。バングラデシュ人の同居人との間で、衛生面や生活習慣の価値観が大きくずれていました。掃除をしない、洗い物を溜めっぱなしにする、洗濯物を干しているそばでタバコを吸う、リビングで爪を切って放置する。後から入った立場だったため強くは言えず、柔らかく伝えていたものの、関係は悪化していきます。

家なのに落ち着けないんですよ。帰ってくるのが嫌なんです。「あいつが帰ってきた」って思うんですよ。

毎日のように夜中に友人を3〜4人招き入れることもあり、精神的なストレスが続いたそうです。「ドアの閉める勢いが強いから修理費を払え」といった難癖もあったとのこと。

そのバングラデシュ人は同居人兼オーナーでもあり、退去時にはデポジットの全額没収を宣告されました。マレーシアの少額訴訟制度(外国人でも利用可能で、デポジットトラブルによく使われるもの)の利用も検討するほど関係が悪化。最終的にデポジットの半額を返してもらう形で決着し、関係を切ったそうです。

今は日本人の友人と3人暮らし

現在は、同じような悩みを抱えていた日本人の友人2人とコンドミニアムに住んでいます。家賃は650リンギットのミドルルーム。約8畳の広さで、ダブルベッド、クローゼット、机を置いてまだ少し余裕がある部屋です。

マレーシアのコンドミニアムには一般的にマスタールーム(専用シャワー付き)、ミドルルーム、スモールルームがあり、ミドルとスモールは2人で1つのシャワーを共有。キッチンは全員で共用する形です。

APUまでの通学には電車とバスで約1時間。「めっちゃ遠いです。でもその分家賃も安いし、移動時間は本を読んだりできるので」

住まいはPropertyGuruやiPropertyといった不動産サイトで探し、エージェントに連絡して内見に行ったそうです。「今のところは満足。綺麗だし」とのことでした。

マレーシアのAPU大学に正規留学されているY.F.さんが撮影したコンドミニアムのリビングダイニング
マレーシアのAPU大学に正規留学されているY.F.さんが撮影したコンドミニアムのダイニング

月6万円弱の生活

生活費の内訳

Y.F.さんの月々の生活費は約6万円弱。内訳は以下の通りです。

項目金額(リンギット)備考
家賃650 RMミドルルーム、コンドミニアム
食費約750 RM8割自炊
交通費約100 RM電車中心、Grabは基本使わない
通信費(SIM)20 RMCelcomDigi、10GB/月
Wi-Fi約33 RM月100 RMを3人で分担

※ Y.F.さん本人の実際の支出に基づく金額です(学費は含みません)
※ 1リンギット ≒ 約35円(2025年の年間平均。為替レートにより変動します)

生活費は親に出してもらっています。加えて、日本のオンラインインターンでも収入を得ているそうです。kotonaruというオンラインインターン募集サイトで見つけた日本企業の仕事で、マレーシアから作業して、日本円で日本の銀行口座に入る仕組みです。

8割自炊——外の食事は油っぽい

食事は8割が自炊。近くのスーパーで食材を買い、オムライスなどを作っているそうです。基本は鶏肉で、たまに豚肉を買うこともあるとのこと。

自炊のコストは外食とあまり変わりません。それでも自炊を選ぶ理由は健康面でした。

「外のご飯って油っぽいし、野菜がない。健康にあまり良くないかなって思って」

マレーシア料理自体は口に合ったそうです。お気に入りはナシゴレンUSA(牛肉と野菜の甘辛炒めをナシゴレンに添えた一品)で、キャンパス内やmamak(ローカルレストラン)など、10リンギットもしない価格でどこでも食べられるとのこと。

学食は7〜8店舗の選択肢があり、10〜20リンギット程度。授業がある日は学食で昼食を取ることもあるそうです。

マレーシアのAPU大学に正規留学されているY.F.さんが撮影したAPUの食堂の様子

銀行口座・送金・保険

銀行口座は入学後にMaybankで開設。必要な書類は大学のオフィスが用意してくれたため、それを店舗に持って行けば1週間ほどで開設できたそうです。学費や日常の支払いはすべてMaybankの口座から行っています。

国際送金はWise(国際送金サービス)を利用。母親の銀行口座→Wise→Y.F.さんのMaybankという流れで、周りもWiseを使っている人が多いとのことでした。

決済はデビットカードのタッチ決済が中心です。ただし、カードを差し込むタイプの読み取り機には注意が必要だといいます。

友達がカードの差し込み系で5万円くらい詐欺られたらしいんですよ。カードリーダーに細工してあって。だから差し込みはやめといた方がいい。タッチ決済かQR。

SIMはCelcomDigiで月20リンギット。10GBのデータが付いてきて、動画を見ても意外と足りるそうです。ゲームはしないのでデータ消費が少ないとのこと。自宅のWi-Fiは月100リンギットの契約を3人で分けていて、速度も問題なし。ゲームをする同居人は「ちょっと遅いかも」と言っているそうです。

保険には加入していません。留学中に病院にかかったのは1回だけ。タイ旅行中にインフルエンザを発症し、現地の病院で約3万円。この2年間でそれ以外に病院を利用したことはないとのことでした。

APUの立地と安全

駅が遠い。夜はゲートが閉まる

APUはテクノロジーパークという地区の中にあり、最寄りの電車の駅まで距離があります。平日はAPUから駅まで無料バスが出ていますが、休日やキャンパス外に出る場合はGrab(東南アジアで広く使われている配車アプリ)を使う必要があります。

夜11時を過ぎるとテクノロジーパークのゲートが閉まり、車が通れなくなるそうです。Grabでゲートまで送ってもらい、そこから歩いてキャンパスに入る形になるとのこと。「それまでなら空いてるからGrabでちゃんと送ってもらえる」。

Y.F.さん自身は現在APUの近くには住んでいないため、普段はGrabを使わず、駅まで歩いて電車で通学しています。

唯一にして最大の恐怖は「犬」

留学中に危なかった経験を聞くと、真っ先に出てきたのは「犬」でした。

夜、犬が吠えながらストーキングしてくるんですよ。それが一番怖かった。狂犬病持ってたら嫌なので。

不審人物に遭ったり事故に遭ったりした経験はなく、犬が「唯一にして最大の恐怖」。治安面でAPU周辺に問題は感じていないそうです。

Y.F.さんは狂犬病のワクチンを打っていません。打っていない人も多いそうですが、2025年4月頃にはクアラルンプールで狂犬病ワクチンのストックがないと医療関係者から聞いたことがあるとのこと(※Y.F.さんが当時聞いた情報であり、現在の在庫状況とは異なる可能性があります)。「不安な人は日本で打っていってもいいんじゃないですか」と話していました。

人間関係と文化

最初の友達はタジキスタン出身

友人関係の始まりは授業内でした。最初にできた友達がとても積極的にコミュニケーションを取るタイプで、その人を通じて紹介してもらう形で友人の輪が広がっていったそうです。

Y.F.さんの友人は東南アジア・南アジア系が中心。バングラデシュ、インドネシア、ブルネイ、マレーシアなど。珍しいところでは「ファミマと同じ配色の国旗」の西アフリカ・シエラレオネ出身の友人もいるとのこと。

APUには南スーダン、サウジアラビア、カタール、イエメン、レバノン、ロシアなど多様な国の学生が在籍しています。中東やアフリカからの学生が特に多く、ヨーロッパ系は少数派だそうです。

マレーシアのAPU大学に正規留学されているY.F.さんが、大学の友達と遊びに行った時の写真

「貸し借り」の概念がない優しさ

文化の違いで最も印象に残ったのは、イスラム教徒の学生たちの振る舞いでした。

日本人の貸し借りみたいな感覚がないんですよ。ナチュラルに優しかったりする。何かしてもらっても、何か返す必要はない。貸し借りの概念がたぶんないんです、イスラムの人は。

日本では「何かしてもらったらお返しをする」という意識が自然にありますが、イスラム教徒の友人たちは見返りを期待せずに親切にしてくれる。「日本人的な優しさとは違う。ナチュラルに優しい」と感じたそうです。

中央アジア出身の学生には、また別の印象を受けたといいます。「すごい一匹狼で自己主張が強い。自分の意志がしっかりしている」。日本人的な協調性はないものの、自分の意見をはっきり言える姿に驚いたとのこと。「協調性と自主性が日本人と真逆になっている」と話していました。

イスラム教徒への見方も変わったそうです。お祈りをしない人もいれば、お酒を飲む人も豚肉を食べる人もいる。ヒジャブをつけていない人もいる。「一緒くたに考えてしまっていたけど、実際はその中でもいろいろ分かれていて、玉虫色なんですよね」。

差別はゼロ。ただしルーツで集まる

APUで差別を感じたことは一度もないそうです。ただ、キャンパスを見渡すと、中東の人は中東系で、アフリカの人はアフリカ系で、東南アジアの人は東南アジア系で集まる傾向があるとのこと。

「国際色豊かなグループがあるわけではない。大体ルーツで固まってくる。日本人にも言えることですけどね」

ファーミングクラブの部長に

サークル活動では、R.M.さん(別のAPU在学生)が立ち上げたファーミングクラブ(農業サークル)に入部しました。日本人学生のチャットグループで「農業に興味ある人いませんか?」という呼びかけに反応したのがきっかけだったそうです。

R.M.さんが退いた後、Y.F.さんが部長を引き継いで運営しています。サークルを通じても友人の輪が広がったとのことでした。

家族への感謝と、これから

放任主義の母と、支えてくれた姉

Y.F.さんはひとり親家庭で育ちました。小学校1年生のころに両親が離婚し、小学校4年生だった姉が学童の迎えや家事を担うようになったそうです。

マレーシア留学を伝えたとき、お母さんの反応は「ああ、そうなん。行っといで」。お姉さんも「行ったらいいやん」。放任主義でオープンマインドな家族に支えられ、留学を反対されることはなかったといいます。

行く前に話し合ったのはお金のことだけ。治安面も特に気にされなかったそうです。お母さんは「興味はあるけど干渉しない」というスタンスで、費用面の不安は多少あったはずだと振り返りつつも、直接的に何か言われたことはなかったとのこと。

いずれ日本に帰る

留学を通じて変わったことを聞くと、Y.F.さんはこう話してくれました。

姉とか母がいろいろ選択肢を——姉もやりたいこととか進みたい進学先もあったかもしれないけど、選択肢を狭めてきたわけじゃないですか。母も一人親としていろいろ苦労してるし。

二人が支払ってきたコストの上に、自分が今自由にさせてもらってるんだっていうので、そこへの感謝はありました。

モチベーションが落ちたときには「家族が送り出してくれているから」「恵まれた環境にいるんだ」と思い出すことで立て直してきたそうです。

考え方にも変化がありました。「今まではネガティブなことを考えないことがポジティブ思考だと解釈していた。でもこっちでいろんな人とコミュニケーションを取る中で、それが間違いだと気づいた。今ではしっかりいろんなことを考えて、思考を停止しないようにしている」。

将来のキャリアについては、2つの方向を持っています。1つは、ヤングケアラーだった姉やシングルマザーの母と同じような境遇にある親子をサポートする仕事に就きたいという思い。もう1つは、海外で働いてみたいという気持ちです。

やりたいことをやるには日本にいないといけないと思うんですけど、せっかく海外に来たからにはオーストラリアとかで働きたい。いずれにせよ、日本には帰ってくる。

海外での経験を積みつつ、最終的には日本に戻り、困難な環境にある親子のサポートに携わっていきたい。Y.F.さんはそうした方向を見据えながら、APUでの2年目を過ごしています。

免責事項

本記事の内容はインタビュー時点の情報に基づいており、費用・制度・条件は時期や個人の状況により異なります。ビザ制度や奨学金制度等は変更される可能性があるため、最新情報は各機関の公式サイトでご確認ください。本記事の内容に基づく判断や行動の結果について、当メディアおよび執筆者は責任を負いかねます。

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この記事を書いた人

マレーシアを中心に、海外の大学に通う現役学生への直接インタビューをもとに、進学のリアルを発信しています。費用・手続き・大学生活まで、実際に現地で学ぶ学生の声をそのまま届けます。

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