留学を調べていると、「計画通りにいかなかったらどうしよう」という不安が出てくることがあります。
情報を集めれば集めるほど、決めなければいけないことが増えていく。大学選び、費用、英語力、ビザ。どこかで躓いたら、全部崩れてしまうんじゃないか——そんな気持ちになることもあるかもしれません。
今回インタビューしたのは、koki(たけうちこうき)さん。富山県出身、アメリカ・テネシー州の大学でパイロットを専攻する4年生です。
話を聞いてみると、彼の留学は「計画通り」とは程遠く、結果的に3度、想定外の形で変わっています。
- シドニーへの交換留学が決まっていた → コロナでキャンセル
- 日本の大学に進学した → 教授と衝突し、環境が合わなかった
- ビジネス専攻でアメリカに渡った → やりたいことが変わり、パイロットに転向
それでも今、彼はアメリカで飛行訓練を重ね、卒業後のキャリアを具体的に描いています。
なぜ止まらずに進み続けられたのか。 そしてインタビューの後半で語られた、「2ヶ月で150万円の追加請求」や「キャンパス内での銃撃事件」といった過酷な現実を、どう乗り越えたのか。
綺麗事だけではない、現役留学生のリアルを聞いてきました。
なぜ留学しようと思ったのか
留学を考え始めたきっかけは人それぞれですが、「海外に行ったことがないのに、いきなり留学を決められるのか」という不安を持つ人は多いかもしれません。
こうきさんの場合、家族に外国の方がいたり、従兄弟が留学していたりと、海外が完全に遠い存在ではなかったそうです。ただ、それだけで「自分も行こう」と決断できたわけではなかったようです。
決定的だったのは、高校時代のボストン研修でした。
1ヶ月のホームステイで、途中でハーバード大学やMITも見させてもらって。海外の大学の生活ってこういうのかって、実際に行ってみないと分からない部分を発見したんですよね
ネットや本で調べるのと、実際に見るのとでは、やはり違う。この1ヶ月が「憧れ」を「具体的な進路」に変えたようです。
ただ、最初からアメリカ一択だったわけではなく、日本の大学受験も経験されています。
教授と喧嘩したんですよ。僕がやりたかったことが宇宙に関係することで…いい気づきにもなったんですけど、日本の大学は合わないのかなって
ボストンでの体験と、日本の大学でのミスマッチ。この2つが重なったとき、こうきさんは「このまま4年間いても、自分のやりたいことはできない」と感じたそうです。
日本の大学は合わないのかなって。それで、アメリカに行こうって決めました
一度入学した大学を離れる決断は、簡単ではなかったはずです。でも、そこで立ち止まらなかったことが、今につながっています。
計画が崩れたとき、何をしたか
「計画通りにいかなかったとき、どうしましたか?」
留学を検討している人にとって、これは切実な疑問だと思います。こうきさんの場合、計画が崩れたのは1度ではありませんでした。
まず、シドニーへの交換留学が決まっていました。ロータリークラブのプログラムに合格し、費用の補助も受けられる予定だった。しかし、コロナで全てキャンセルに。
高校時代から温めていた計画が、一瞬で消えた。普通なら、「一度立ち止まる」という選択肢もあったはずです。
でも、こうきさんは別の行動を取りました。
自分が目指してたものが、コロナで全部消えちゃったんですよね。でも、止まりたくなかった
渡航できないなら、日本でできることをやる。その判断が、次の一手につながりました。
渡航できないとなって、NICっていう東京にあるキャンパスに1年通いました。そこにいながら海外の大学の単位を取れるプログラムがあったんです
足踏みをするのではなく、日本にいながらアメリカの単位を取得し、準備を進める。この「止まらない」選択が、その後のルートを作っていきました。
コミカレはどうやって選んだのか
こうきさんがNICの後に進んだのは、ロサンゼルスのコミュニティカレッジ、OCC(Orange Coast College)でした。
なぜここだったのか聞いてみると、意外とシンプルな答えが返ってきました。
NICの単位を互換できるシステムがあって、しかも寮がある。ロサンゼルスでその条件を満たすのがOCCだけだったんです
他にも候補があったわけではなく、条件を満たす学校がここしかなかった。選択肢が限られていたからこそ、迷わず決められたとも言えます。情報を集めすぎて迷ってしまうよりも、条件を絞って決める潔さも時には必要かもしれません。
ただ行く前は不安もあったそうです。
人種差別に遭うんじゃないかとか、いろんなこと考えてました。でも全然そんなこともなく、1番楽しい時期でしたね
到着して最初の1週間——驚いたこと、感じたこと
コミカレを選び、いよいよアメリカへ。到着して最初の1週間は、驚きの連続だったそうです。
まず圧倒されたのが、人種の多様性。カリフォルニアは移民が多い州で、教室を見渡すと様々な国籍の学生がいる環境だったと言います。
また、日本では見たこともなかったものも目にしました。大麻を持っている人が目の前にいたことには、かなり驚いたそうです。
この差もすごいなって思いました
文化の違いに驚く一方で、人々のフレンドリーさには救われたと言います。人種差別を心配していたそうですが、実際にはそんなこともなく、むしろ温かく迎えられたとのことでした。
ただ、友達ができ、授業にも慣れてくると、日常の中で新たな「違い」が見えてきました。
授業中に昼ご飯を食べる、机に足を置く。日本では考えられないことが、アメリカでは普通だったりします。
最初は驚いたそうですが、今は慣れたとのこと。文化の違いに戸惑うこともありますが、「それもカルチャー」と捉えることで、柔軟に対応していったようです。
アメリカやなと思いましたね。気を使わなくていいっていう部分では、結構楽ですけどね
友達100人を作った初日
特に印象的だったのは、渡航初日の話です。こうきさんは到着1日目で、寮を1周して友達を100人ほど作ったと言います。
最初からコネクションは広げようと思ってたんで。アメリカにダイブするっていう気持ちでした
ひたすら自分から声をかけていく。その姿勢を貫いた結果、相手からも話しかけられるようになっていった。
背景には、ファッションという意外な工夫もありました。アメリカは日本ほど服装に気を使う文化ではないため、日本の普通の格好でも目立ちやすい。こうきさんは、それを「話のきっかけ」として使っていたそうです。
語学力や性格以前に、「待たずに、自分から動く」。最初の数日間をどう過ごすかが、その後の人間関係を大きく左右することがあるようです。


州が変わると何が変わるのか
「同じアメリカでも、州によって全然違う」という話は聞いたことがあるかもしれません。
こうきさんはOCCで2年間を過ごした後、テネシー州のMTSU(ミドルテネシーステイトユニバーシティ)へ編入しました。ここで、2度目のカルチャーショックを受けたそうです。
めちゃくちゃ感じましたね。2回カルチャーショック受けてるみたいな。ほとんど違う国みたいな感じです
具体的に何が違ったのか聞いてみました。
LAは多国籍でアジア人も多い。一方、テネシーはアジア人が0.1%以下。チャイナタウンもない。
全員白人ですし、すごい珍しがられる。人種差別ではないけど、「別」に見られてる感じはありましたね
保守的な地域で、音楽の好みも違う。こうきさんはDJ活動もしていますが、テネシーではなかなか難しいとのこと。
僕がDJやっても多分みんな盛り上がらなくて。カントリーしか聞かないんですよね、基本的に。だからDJするときは別の州に行ってます
LAでは手厚かったサポートが、テネシーでは慣れていない印象があるそうです。
カリフォルニアだったらこんなこと起きてなかったやろうなって思うことがありました
| カリフォルニア(LA) | テネシー | |
|---|---|---|
| アジア人比率 | 多い | 0.1%以下 |
| 留学生サポート | 慣れている | 前例が少ない |
| 音楽・文化 | 多様 | カントリー中心 |
| 生活費 | 高い | 比較的安い |
同じ「アメリカ留学」でも、州によって生活環境は大きく変わる。これは事前に想像しにくい部分かもしれません。
4年制大学はどうやって選んだのか
4年制大学への編入を考えている人にとって、「何を基準に大学を選べばいいのか」は大きな悩みだと思います。
こうきさんがLAを離れてテネシーを選んだ理由を聞くと、「偏差値」や「知名度」ではない判断軸が見えてきました。
時間とコストが1番かからないのがテネシーのMTSUだったんですよね
パイロット専攻ならではの判断基準もあり、候補は5校ありましたが、最終的に1校に絞って出願。結果は、特待生として合格しています。
では、どうやって5校を1校に絞ったのか。出願書類は何を準備したのか。不安はなかったのか。この「選び方」が、のちにお話しする「費用の生存戦略」に直結してきます。
「留学は逃げ」と言われたらどう思うか
留学を「逃げ」と言う人もいます。こうきさんはこれについてどう思うか、率直に聞いてみました。
勝手に言わしとけばって思いますけど、本当に逃げで来てる人もいますからね。人によるんじゃないですか
意外だったのは、こうきさん自身が「思う側」だったこともあるという話でした。
僕は全てに目的を持って行動してるので、「こんなに高い学費を親に払わせて、あなたずっと日本人とつるんでます。お前何してんの?」みたいな人は周りにいっぱいいました。旅行じゃないんだからって
「留学=逃げ」かどうか。それは周りが決めることではなく、自分が何のために行くのかを問い続けることで、答えが見えてくるのかもしれません。
留学で得たもの——最後に残るのは「自己解決能力」
留学を通じて、何が一番変わったと感じますか?
こうきさんは、迷わずこう答えました。
自己解決能力ですね。もう自分しかいないんで。どんなトラブルに巻き込まれても、結局自分でやらないといけないから
語学力や専門知識も重要です。でも、それ以上に「何か起きたときに、自分で対処できる力」が鍛えられたと言います。
日本に帰って気づいたことは、同じ年の人間より成熟してる。すごい感じますね
実際、こうきさんの留学生活はトラブル続きでした。
「キャンパス内で銃撃事件(Active Shooter)が起きて、みんなが逃げ惑う動画を撮ったこともあります」
「教授が急死して授業がなくなり、単位不足でビザ失効・強制帰国の危機になりました」
誰も助けてくれない状況で、自分で大学と交渉して生き残る。 留学は、トラブルが起きない環境ではなく、トラブルを自分で処理する力が鍛えられる環境なのかもしれません。
綺麗事では済まされない「お金」の現実
「トラブルを自分で処理する」と語るこうきさんですが、インタビューの中で最も過酷だったのは費用でした。
「時間とコストが一番かからない大学を選んだ」はずでしたが、それでも現実は厳しかった。学費とは別に、フライト訓練費だけで「2ヶ月で150万円」請求されたことがあるそうです。
奨学金も貯金も一瞬で消える金額。普通の留学生なら、ここで資金が尽きて帰国していてもおかしくありません。
では、なぜ彼は破産せずに訓練を続けられているのか?
なぜ、ビザトラブルを解決し、強制送還を免れたのか?
そこには、事前に知っていれば回避できた判断ミスと、危機を乗り越えるための具体的な生存戦略がありました。
「知らなかった」で止まらないために
留学のトラブルの多くは、能力不足ではなく情報の欠落で起きます。
- 教授が急死して授業がなくなり、ビザ失効の危機
- 生活費を浮かせようとしたバイトで、強制送還
- 州を間違えて、専攻変更ができなくなる
これらは「運が悪かった」では済まされません。
でも、事前に構造を知っていれば、回避できるトラブルでもあります。
こうきさんが4年間で直面し、乗り越えてきた「お金・生活・進路のリアル」を1つの記事にまとめました。
留学を「行き当たりばったり」にしないために、事前に知っておくべきことを整理しています。
アメリカ留学で「知らないと詰む」お金と生活|制度・費用・実務の回避ガイド
- 月いくらかかる?——生活費の内訳を公開
- 奨学金、どうやって取った?——「学校内」を狙う理由
- バイトはできる?——合法ラインと強制送還のリスク
- 銀行・カード・送金——最初につまずく実務の全体像
- 住居はどう探す?——寮→シェアハウスの流れ
- 渡航前は何をした?——「英語」より先にやっていたこと
- 英語はどう勉強した?——TOEFL対策と、それ以上に意識したこと
- コミカレはどう選んだ?——条件を3つ決めたら1校に絞れた
- 4年制はどう選んだ?——5校→1校に絞ったプロセス
- エッセイは何を書いた?——「不利」を「ストーリー」に変えた方法
- 親にはどう説明した?——「いいんじゃない」と言われた理由
- 友達はできる?——到着初日にやったこと
- 辛いときはどうした?——一番きつかった時期と乗り越え方
- 授業についていける?——英語力より先に見ていたもの
- トラブルが起きたら?——誰も代わりにやってくれない現実
- 卒業後はどうする?——キャリアを「一本に絞らない」理由
- 知らないとヤバい6つの地雷
※この記事は、現役留学生へのインタビューをもとに構成しています。



