「海外の大学に行ってみたい」 そう思い立ったとき、最初にぶつかる大きな壁は、英語力やお金のことよりも、実は「情報のなさ」かもしれません。
日本の大学受験なら、学校の先生が相談に乗ってくれたり、塾で対策を教えてもらえたり、周りにも同じ道を歩む仲間がいたりするでしょう。 でも海外進学となると、周囲に頼れる人が途端にいなくなり、たった一人での孤独な戦いのように感じてしまうこともあるはずです。
今回お話を伺ったのは、そんな「誰も味方がいない」状況から一歩を踏み出したAmiさんです。
私立の中高一貫校に通いながらも、先生からは「サポートできない」と言われ、ご両親からは1年以上も反対され続けました。それでも自分の「心が動く方」を信じて、2023年にカリフォルニアのコミュニティカレッジ(コミカレ)へと飛び立ちました。
当初目指していた4年制大学への直接入学は、奨学金に必要なTOEFLスコアに届かず断念。でも、そこから別のルートを見つけて前に進んだAmiさんに、留学を決めるまでの経緯や、実際のコミカレ生活のリアルについて聞いてきました。

日本の大学を見ても心が動かなかった
「すごいな」と思っても「行きたい」とは思えなかった
Amiさんが海外大学を意識し始めたのは高校1年生のとき。ただ、最初から「絶対に海外に行く」と決めていたわけではありませんでした。
漠然と海外に行きたいなと思い始めたのは高校1年生くらいでした。ただ、両親はかなり保守的で、中高一貫校に通っていたこともあり、6年間ずっと日本の大学受験のために過ごしてきた環境だったので、反対されるのは分かっていたから言い出せず、自分の中でも「現実的な選択肢」にはなっていなかったです。
中高一貫校という環境は、6年間かけて日本の大学受験に備えるためのカリキュラムが組まれています。周りの同級生は医学部や国公立大学を目指していて、「海外」という言葉が出ることはなかったそうです。
そんな中、Amiさんは日本の大学も見て回りました。英語に力を入れている大学、授業がすべて英語で行われる大学、留学が必須になっている大学。いくつものオープンキャンパスに足を運びました。
どこも惹かれなくて… 求めている環境は「海外に行けば全部叶うものばかりだな」と感じました。日本の大学に行く意味が見出せず、私には海外の方が合っていると思いました。
「すごいな」とは思う。でも「行きたい」という感情が動かない。その違和感が、Amiさんを海外大学へと向かわせました。
海外に行けば全部叶う、そう気づいた高校1年生
では、なぜ海外だったのでしょうか。英語を話せるようになりたいから、という理由だけではなかったとAmiさんは言います。
べつに英語を喋れるようになりたいだけだったら、私は行っていないと思うんです。英語なんて今の時代AIもあるし外国人も日本にいっぱいいるし、どうとでもなると思うんですけど、やっぱり自分の生まれ育った国を出て生活するということで得られる強さとか、悔しさとか、そこからの学びとか、そういう生き抜く力みたいなものは、きっと海外に行ってしか手に入られないだろうなぁと思ったんです。
1年や数ヶ月の短期留学ではなく、4年間という長い期間を海外で過ごすこと。留学経験のない「純粋ジャパ」だからこそ、18歳から異国の地で生活することが将来への投資になると考えました。
ただし、この考えに至ったのは日本の大学を実際に見に行った後のことでした。
日本の大学を見に行った時に、すごいなーって俯瞰して思うんですけど、自分が行きたいという風に感情が動かなかった時に、やっぱり「海外行きたいかも」という選択肢を考え出しましたね。
心が動くかどうか。Amiさんはこの感覚を大切にしています。後に編入先の大学に合格した際も、「心が踊るかどうか」が判断基準になったと言います。
誰も味方がいなかった高校時代
先生にも「サポートできない」と言われた
高校2年生になり、Amiさんは本格的に動き始めます。両親に海外大学への進学を伝え、自分でも情報を集め始めました。
しかし、周りに同じ道を歩む人は誰もいませんでした。
一番つらかったのは、仲間が誰もいなかったことです。本当に一人でした。周りは国公立や私立、医学部とかの志望ばかりで、海外という言葉すら出ない。先生には「サポートできない」と言われ、親も海外経験がなく英語も話せない。親戚にも頼れる人がいなくて、その孤独感が一番きつかったですね。
学校の先生に相談しても「サポートできない」と言われてしまう。両親は海外経験がなく、英語も話せない。頼れる親戚もいない。情報収集から出願まで、すべてを自分一人でやらなければなりませんでした。
大学の情報はインターネットとSNSを駆使して集めました。Instagramで「留学」「アメリカ留学」と検索し、実際に留学している人や留学経験者を見つけてはDMを送りました。
返ってこないだろうなというのを前提でやったので、返ってくる率として考えたときに、あ、こんぐらいの人に送らなきゃダメだろうなと思って、ぐわーって連絡したりとか。
返信がこないことを前提に、とにかく多くの人にコンタクトを取る。そうやって少しずつ情報を集めていきました。
TOEFLとの1年間の戦い
準備の中で最も大変だったのはTOEFLだったとAmiさんは振り返ります。
当時のTOEFLは試験時間が約3時間あり、チェックインや休憩時間を含めると会場での滞在時間は4時間近くにもなる長丁場で、高校生のAmiさんには過酷なものでした。しかも、英語は好きだったものの、成績は決して良くありませんでした。
勉強は別にできなかったので。英語は好きだったんですけど、全然学年ビリとかだったし、ただやっぱりそれでも好きだったから頑張れたんですけど。
中学時代は学年でビリを取るほどだった英語。それでも「好き」という気持ちだけで勉強を続けました。中1から高3まで、6年間ずっと英語に向き合い続けた結果、高校2年生くらいから急に成績が伸び始めたそうです。
英語の勉強法について聞くと、特別なコツはなかったと言います。
私のベストの方法は、とにかく毎日やること。最初は一回で覚えようとしていたんですけど、私は天才じゃないので無理でした。
だから「単語は忘れるもの」と考え方を変えて、どうせ忘れるから何度もやればいいやという気持ちで、一日に朝昼晩の3回は単語帳を見るようにして。結果的に200周くらいはしたと思います。
単語帳を200周。毎日少しでもいいから触れる。具合が悪いときも、気持ちが落ち込んでいるときも、とにかく毎日続ける。「頑張りすぎない」「完璧を求めすぎない」というマインドで3年間コツコツと積み上げていきました。
ただし、後悔もあると言います。
本当に話す勉強をもっとしておけばよかったなというのが一番。私がやっていた勉強としては座学だったので、とにかくリーディングをめちゃめちゃ読んだとか、リスニングを聞いたとか。
でも留学行ってみて全然話せないことに直面したので、やっぱり話す練習をしておきたかったなって今は思いますね。
リーディングやリスニングは得意になった一方で、スピーキングの練習が足りなかった。実際に留学してから、その差を痛感することになります。
奨学金の選考に間に合わず、コミカレへ
4年制大学の奨学金に必要だったTOEFLスコア
Amiさんの当初の計画は、4年制大学に奨学金を得て直接入学することでした。奨学金を給付してくれる団体の対象校を調べ、フロリダ大学などを目指していました。
しかし、奨学金の選考に必要なTOEFLスコアに届きませんでした。
必要なTOEFLスコアは最低で100点か110点だったと思うんですが、私は結局65〜66点くらいしか取れませんでした。
100点以上が必要なところ、高校2年生時点で65点前後。最初に受けたときは47点で、そこから10数点伸ばすのに1年かかりました。(TOEFL iBTは120点満点で、一般的に4年制大学の入学には80〜100点程度が必要とされています。)
100はもう無理だな、今の私にはもう途中から思っていたんですけど、とりあえず頑張ってみたけど伸びず。
奨学金の選考は応募が早く、高校2年生の春から夏には結果が出ます。選考に1年かかるものもあり、間に合わないことが分かった時点で、Amiさんは別の道を考え始めました。
コミカレ経由で編入する道を選んだ理由
4年制大学への直接入学という第一志望を断念したAmiさんが選んだのは、コミュニティカレッジ(コミカレ)に入学し、そこから4年制大学に編入(コミカレで取得した単位を活かして4年制大学の3年次から入学すること)するというルートでした。
私の第1プランがそもそも4年生大学に奨学金で行くことだったので、それがまずTOEFLが取れなくて叶わなくて、コミカレに行く自体がもう第2案だったので。
コミカレを選んだ理由は複数ありました。まず、入学に必要な英語力のハードルが4年制大学より低いこと。Amiさんの場合、コミカレが求めるTOEFLスコアは高校1年生の時点ですでにクリアしていました。
次に、費用を抑えられること。コミカレで2年間過ごしてから編入すれば、4年間すべてを4年制大学で過ごすより学費が安く済みます。
自分の学力もまだそこまでなんじゃないかなという懸念と、あと費用的にもコミカレ行って編入するのが抑えられるなと思ったので。
そして、通っていた高校がたまたまカリフォルニア州のコミカレと提携を結んでいたこと。提携校であれば出願のハードルが下がり、現地に知り合いもいるため、両親も安心できます。
コミカレの有名どころというか進学率高いところとかに最初行こうとは思っていたんですけど、やっぱり田舎に行きたいなと思って。
私は誘惑があったら勉強辛くなっちゃうと思うので、強制的に最初の2年間は田舎に行って、で編入の4年生大学では好きなところというか、自分の許容範囲の中で好きなところ行こうと決めていました。
あえて田舎のコミカレを選んだのは、誘惑を断つためでもありました。最初の2年間は勉強に集中し、編入のときに自分が行きたいところを選ぶ。そう決めて、カリフォルニア州の中都市にあるコミカレへの進学を決めました。
親を1年以上説得した話
「交換留学でいいじゃん」にどう答えたか
Amiさんの両親は、海外大学への進学に反対していました。高校2年生のときに伝えてから、最終的に承諾を得られたのは高校3年生の秋から冬。1年以上かかりました。
実際に両親に言った時は、「えっ」「なんで?」って感じで。日本の大学のオープンキャンパスにも一緒に行っていたので、「あそこ行ったじゃん」「あそこ行けるんじゃないの」みたいに言われましたね。
日本の大学も見に行っていたのに、なぜ海外なのか。両親からすれば当然の疑問でした。
両親の主張は一貫していました。「留学したいなら交換留学に行けばいいじゃん」「日本の大学に入ってから、どうしても嫌だったらやめて海外に行けばいいじゃん」。日本の大学にもいいところはたくさんあるし、留学できる制度もある。わざわざ最初から海外に行く必要はないのではないか。
Amiさんはこう答えました。
「実際に見に行ったけど、ときめかなかったんだよね。すごいとは思ったけど、行きたいとは思えなかった」と伝えました。怒られることはなかったですが、やっぱり理解はされませんでした。
「ときめかなかった」。この感覚は、海外経験のない両親には理解しがたいものでした。
意見の違い、価値観の違いだったので、分かり合うのはまず無理だったなって最初から分かっていたから、分かってもらおうという気はあんまりなく。
ただ自分の意見を言って、それを「あなたはそういう考えなんだね」って受け止めてほしかったから、それをさせてくれるまで自分の思いを話したって感じだったんですけど。
分かり合うことは無理だと最初から思っていた。だから「分かってもらおう」とは思わず、「受け止めてもらう」ことを目指しました。
プレゼン資料まで作った
話し合いは平行線をたどりました。時には否定され、泣かされることもあったそうです。
最終的にはパワポでプレゼン資料を作ってプレゼンしました。「私が留学すべき理由」みたいなタイトルで、SNSでいろんな人に聞いた事例を証拠として持ってきたり、費用を数値化して示したり。自分なりにいろいろやった結果、折れてくれたんですけど。
PowerPointでプレゼン資料を作り、SNSで集めた留学経験者の事例を「証拠」として提示し、費用などを数値化して見せる。高校生にできる限りのことをやりました。
費用面については特に詳しく調べ、両親に伝えました。
お金に関しては聞かれましたね。コミカレを選んだこと、その中でも学費が安い方のコミカレだったこと、実際にいくらかかるかを数値で出したこと、編入するときにはこういう奨学金を狙っているということ。そういう話をしました。
4年制大学に直接入学するより、コミカレを経由する方が費用を抑えられること。選んだコミカレは学費が安い方であること。編入時には奨学金を狙うこと。具体的な数字を示しながら説明しました。
結果として、両親は「賛成した」というより「折れてくれた」という形で、コミカレへの進学を認めてくれました。承諾を得たのは高校3年生の秋から冬にかけて。出願の準備は整っていたので、そこから1ヶ月ほどで願書、エッセイ、英語スコアの提出をすべて終わらせました。
両親にとって一番の不安は、Amiさんの体調面でした。当時、Amiさんは朝起き上がるのが難しい時期があり、「日本で生活がちゃんとできていないのに、どうやってアメリカで生活するの」と言われたこともあったそうです。
高校卒業後、アメリカに渡るまでの半年間で体調が改善したこともあり、両親も「これならって感じで送り出してくれた」とAmiさんは振り返ります。
コミカレ生活のリアル
あえて田舎を選んだ理由
2023年8月、Amiさんはカリフォルニア州のコミカレに入学しました。キャンパスがあるのは「中都市」と呼ばれる地域でしたが、実際には車がないとどこにも行けないような場所でした。
中都市って言われていましたけど田舎で、車ないと全然どこも行けないし、別に観光地って感じでもないしって感じだったので、普通に田舎の方ではありました。
カリフォルニア州の中央付近に位置していたため、どこへ行くにも1〜3時間はかかります。ただし、それには車が必須。Amiさんは免許を持っていなかったので、移動は車を持っている友人に頼るか、近場で過ごすかのどちらかでした。
それでも、あえて田舎を選んだ理由がありました。
私はもうこの2年間は勉強に捧げるって決めていて、絶対にオールAを取って卒業して、課外活動をやりまくって、エッセイを書いて、受かるという目標で行ったので、誘惑もなかったし本当にずっと勉強をしていました。
2年間は勉強に集中すると決めていた。オールAで卒業し、課外活動も充実させ、編入を成功させる。その目標のためには、誘惑の少ない環境がちょうどよかったのです。
治安もアメリカにしてはいい地域だったので、変な人もいなかったし、すごく優しかったし、みんな遊び連れてってくれたし。最初の留学場所としてはすごく良かったなと思います。
あそこに4年間だったら嫌だったけど、初めての留学、初めての異国の地であそこは、私はすごく合っていたなと思う。
4年間ずっとその場所にいるのは嫌だったかもしれない。でも、最初の2年間を過ごす場所としては合っていた。治安の良さ、人の優しさ、誘惑の少なさ。初めての海外生活を始める場所として、結果的に良い選択だったとAmiさんは振り返ります。


予想外に日本人が多くて悩んだこと
田舎のコミカレなら日本人は少ないだろう。そう思っていたAmiさんでしたが、実際には予想以上に日本人がいました。
思っていた以上に日本人が多くて驚きました。田舎だから少ないと思っていたのですが、他の学校とも提携していたようで。
同級生だけで10人ほど、全体では20〜30人の日本人がいたそうです。全校生徒が1000人以上いる中での20〜30人なので、割合としては少ないはずでしたが、会う機会は多かったと言います。
母数としては少ないと思うんですけど、会う機会がなぜか多くて。留学生向けのオフィスに集まる機会とか、ビザの手続きとかで最初に出会ってしまうので、そこで友達になると縁が続くんですよね。それ自体はいいことなんですけど、ずっと日本人で固まっていたら意味ないなって。
留学生向けのオフィスやビザの手続きなど、どうしても最初に出会う機会が多い。そこで友達になれば縁が続く。それ自体は良いことですが、日本人同士で固まってしまったら留学の意味がないのではないか。そんな悩みを抱えました。
そのおかげで得られた縁もありますけど、日本人で固まっちゃったら、全然留学意味ないのになと思ったりとか、どうやってそこから自分で折り合いつけてうまく付き合おうかなとか。
そういうちょっとめんどくささ、なんで海外来たのにここで悩んでいるんだろうみたいな悩みとかはあったり。
「なんで海外に来たのに、こんなことで悩んでいるんだろう」。日本人との付き合い方という、予想していなかった悩みでした。
一方で、同級生の日本人たちからは良い刺激ももらいました。
みんな本当にいい子たちでした。真面目で、ちゃんと「これをしたい」という目標を持って来ている。私の行っていたコミカレは田舎で学費が安い方だったんですけど、親に来させられたっていう子は一人もいなくて。
自分が本当に留学したいけどお金がかかるから、こうやって工夫して、こうやって暮らしているって、みんな考えながら生活していました。
親に言われて来たのではなく、自分の意志で留学を選んだ人たち。お金がかかることを分かった上で、工夫しながら生活している人たち。そういう仲間と出会えたことは、大きな刺激になりました。
すごく刺激も受けましたし、みんな真面目に夢を持って、こうやって来ているんだなと思うと、堕落できないなって感じで、いい刺激はもらいましたね。
日本人と関わりすぎることへの不安と、志を持った仲間から受ける刺激。その両方を感じながら、Amiさんは2年間のコミカレ生活を過ごしました。
これから留学を考える人へ
「英語を話せるようになりたいだけ」なら行かない方がいい
最後に、これから留学を考えている人へのメッセージを聞きました。Amiさんの答えは、少し意外なものでした。
留学はすごく壁が高い人が多いと思うんですけど、それが英語力であれ、お金であれ、一人で異国の地に行くということであれ、安全面であれ、なんであれ。
簡単に行ける人はそうそういないと思うんですけど、行きたい理由が「英語を話せるようになりたい」だけなら、私は留学する必要はないと思っています。
英語を話せるようになりたいだけなら、行く必要はない。かなりはっきりとした言葉です。
「英語を喋れるようになりたい」とか「ドラマで見るキラキラした生活をしたい」というモチベーションだけで来た子たちが、結局どこかで挫折して日本に帰国してしまうのを私は見てきました。
強い意志がないと折れてしまうし、メンタルもやられてしまう。自分の心の健康のためにも、本当に行く必要があるか考えた方がいいと思います。
「キラキラ生活」を期待して来た人が挫折して帰国する姿を、Amiさんは実際に見てきました。だからこそ、留学を勧めるのではなく、まず「本当に行く必要があるか」を考えてほしいと言います。
一方で、明確な目標や信念がある人には、留学は大きな意味があるとも話します。
これをしたいから留学したいとか、将来こうなりたいから行きたいとか、この国に行きたい、なぜならこうだからという明確な目標かつ自分の信念がある方ならば、きっと留学はすごく意味のあるものになると思う。いろんな選択肢とか、いろんな道が広がっているのもまた留学なので。
そして、道は一本ではないということも伝えてくれました。
別に私も第一希望じゃない道を歩んできたし、今も編入ストレートで行かず日本にいるという想像もしなかった道を今歩んでる。結局道は一本では絶対ないので。今できなくても必ず夢を叶える方法はあると思うし、必ず何か繋がる道があるから、どんな障害があっても、元々の夢を諦めることはしてほしくないかなとは思いますね。留学に限らずそれは。
Amiさん自身、4年制大学への直接入学という第一志望は叶いませんでした。コミカレを卒業した後も、すぐには編入せず、今は日本でギャップイヤー(大学入学前や在学中に一定期間を取って、就学や就職をせずに旅行、ボランティア、インターンシップなどを行う期間)を過ごしています。最初に描いていた道とは違う道を歩いています。
でも、夢を諦めたわけではありません。道は一本ではない。今できなくても、必ず繋がる道がある。そう信じて、次のステップに向けて準備を進めています。
この記事の続き
この記事では、Amiさんが留学を決めるまでの経緯と、コミカレ生活の概要についてお伝えしました。別の記事では、コミカレ留学2年間のより具体的な内容について詳しく聞いています。
- 2年間でかかった費用の目安
- 学費・家賃・生活費のおおよその内訳
- 親との費用分担、どう決めたか
- 住居選びの失敗と成功
- 最初の寮は「日本人しかいなかった」
- シェアハウスに移った経緯
- お金の管理は全部日本の口座でやった
- 現地口座を作ったのに使えなかった理由
- クレジットカードと仕送りだけで2年間
- 授業で生き残るためにやったこと
- 最初は何も聞き取れなかった
- 「留学生です」と先に伝えた効果
- 英語学習、中学ビリから伸びた方法
- 「毎日やる」以外のコツはなかった
- スピーキングをもっとやるべきだった後悔
- 課外活動の積み上げ方
- オンラインインターンを選んだ理由
- SNSで出会った人と学生団体を立ち上げた
- 編入エッセイをほぼ独学で書いた話
- ChatGPTを「親友」のように使った
- 350ワードに削る作業が一番大変だった
- 合格したのに進学しなかった理由
- ギャップイヤーを選んだ背景
- 親の反応は意外にも「いいじゃん」









