コミカレ2年でほぼ全ての4年制大学に合格。それでも「心が踊らなかった」

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教授が何を話しているのか分からない。宿題の説明も聞き取れない。出席を取る声すら、拾えなかった。

アメリカの大学、最初の授業の日。高校時代に3年間、TOEFLの対策をしてきた。リーディングには自信があった。それでも、教室で飛び交う英語はほとんど聞き取れない。授業を録音して家で聞き直しても、何の話だったか分からなかった。

日本の高校で海外の大学を目指す人は、周りに一人もいなかった。親の説得には1年以上かかった。もともと目指していた4年制大学への直接進学は叶わず、コミュニティカレッジから始める道を選んでいる。

今回お話を聞いたのは、2023年にカリフォルニア州のコミュニティカレッジへ入学し、2年間の在籍を経て卒業したAmiさんです。(2026年1月取材)

INTERVIEW GUEST Amiさんの写真

「心が踊る方を、毎回選んできただけです。」

Amiさん

  • 経歴: 私立中高一貫 → CAコミカレ卒 → ギャップイヤー中
  • 英語: TOEFL 47→65 / コミカレはオールA
  • 編入結果: 5校出願、ほぼ全て合格(UCLA補欠含む)
  • 住居費: 寮 約800ドル/月 → シェアハウス 約500ドル/月
  • 進路: ギャップイヤー中。再編入に向けて準備中

コミカレでの授業や暮らしの実態、2年間にかかった費用の内訳、英語の勉強法、4年制大学への編入準備、そしてほぼ全ての大学に合格しながらギャップイヤーを選んだ経緯まで、Amiさんに詳しく聞きました。

CONTENTS

海外という選択肢が生まれるまで

Amiさんが通っていたのは私立の中高一貫校です。周囲は医学部受験や国公立大学への進学を目指す生徒ばかりで、海外の大学を考えている人は一人もいない環境でした。

高校1年生のころ、漠然と「海外に行きたい」と感じ始めました。ただ、両親が保守的で反対されることは分かっていたため、すぐには切り出せなかったそうです。

代わりにまず日本の大学を見て回ることに。英語で授業を行う大学や留学必須のプログラムなど、いくつも足を運んだものの、どこにも心は動きませんでした。

Ami

すごいなって俯瞰では思うんですけど、自分が行きたいっていう感情は動かなかった。求めている環境は、海外に行けば全部叶うものばかりで。

留学を考えた理由は「英語が話せるようになりたい」ではありませんでした。

英語なんて今の時代AIもあるし、どうとでもなると思うんです。自分の生まれ育った国を出て生活することで得られる強さとか、悔しさとか、生き抜く力は、海外に行かないと手に入らないだろうなと思いました。

短期の交換留学ではなく、18歳から4年間をまるごと海外で過ごすこと。留学経験のない日本育ちだからこそ、そこに将来への投資としての意味がある。Amiさんの中ではその確信が固まっていました。

1年以上かかった親の説得

パワポを作ってプレゼンした

高校2年生になり、Amiさんは両親に海外留学の希望を打ち明けました。返ってきたのは「なんで?」「日本の大学でよくない?」という反応でした。

家族全員が海外未経験で、英語を話せる人もいません。大学のオープンキャンパスにも一緒に行っていたため、親としては「あそこでいいじゃない」という感覚です。

分かり合うのはまず無理だって最初から分かっていました。だから分かってもらおうという気はあまりなくて。ただ自分の意見を言って、「あなたはそういう考えなんだね」って受け止めてほしかった。

Amiさんはパワーポイントでプレゼン資料を作成しました。SNSを通じて出会った留学経験者の話を集め、数値化して両親に提示。「日本の大学に行きたいと思えないから頑張れない」と伝え続けたものの、価値観の違いで平行線が続きます。

「日本で生活できていないのに」

当時のAmiさんは、朝起き上がれない日が続いていた時期でした。薬を試しても効果が感じられず、学校に通うこと自体が難しい状況です。親にとって一番の心配は、治安や英語力以上に、この体調面のことでした。

日本で生活がちゃんとできていないのに、どうやってアメリカで生活するのって言われて。そこを拭えないと絶対に「うん」とは言ってくれないなと分かっていました。でも自分だってなりたくてそうなっているわけじゃないから、どうしたらいいか分からなくて。

誰も悪くないジレンマを家族全員が抱えていた時期でした。高校を卒業してから渡米までの半年間で体調は少しずつ落ち着き、親も「これなら」という気持ちで送り出してくれました。アメリカでも授業を午後に入れるなど、自分なりの工夫で対処していたそうです。

承諾が得られたのは高校3年生の秋から冬にかけて。1年以上かかった説得でした。

第一志望が消えて、コミカレへ

TOEFLの壁と、第二の道

もともとAmiさんが目指していたのは、奨学金を使った4年制大学への直接進学でした。アメリカにはコミュニティカレッジ(通称コミカレ)と呼ばれる2年制の大学があり、そこで好成績を取って4年制大学に編入するルートも広く使われています。ただ、当時のAmiさんは最初から4年制に入ることを目指していました。奨学金の対象校を調べる中でフロリダ大学(University of Florida)などを候補に据え、高校1年生からTOEFLの勉強を始めています。

しかし当時の試験は約3時間の長丁場で、初回は47点。そこから1年間粘って65点程度まで伸ばしたものの、100点との差は依然として大きく、奨学金の選考にも間に合いませんでした。

それでも「日本の大学」という選択肢は頭になかったと話します。ディズニーが好きで、将来はその本社があるアメリカに行きたいという思いが根底にありました。

自分が100%納得できない選択肢には後悔を抱いてしまうと思って。今できる選択は何だろうって考えたら、コミカレに行っていい成績を取って編入する。そこで奨学金を狙うしかないなって。

田舎を「あえて」選んだ理由

進学先は高校が提携していたカリフォルニア州のコミュニティカレッジ。提携先に知り合いがいたことと、田舎にあることが決め手でした。

誘惑があったら勉強がつらくなっちゃうと思うので、最初の2年間は強制的に田舎に行こうって決めていました。編入で4年制大学に行く時は好きなところを選べばいい。

出願にはすでに持っていたTOEFLのスコアとWord1枚程度のエッセイを提出。コミカレは基本的に落ちることがないと言われていたこともあり、親の承諾を得てから約1ヶ月で全ての手続きを終えました。

カリフォルニアのコミカレ、2年間のリアル

最初の授業で何もわからなかった

2023年8月、念願のアメリカに到着。最初の数日は時差ぼけで夜中に目が覚め、昼間に眠くなる日々でした。食事はテイクアウトのハンバーガーばかりで、一人でレストランに入る勇気はまだありません。

授業が始まると、想像以上の壁がありました。

本当に何を言っているか分からなくて。何の説明をしているのか、何の宿題なのか、出席を取る時ですら聞き取れなかったです。

リーディングは高校時代の勉強で鍛えられていたものの、リスニングが壊滅的でした。教授に許可を取って授業を録音し、家で聞き直しても分からない。初週には課題が30個近く出され、対応にも追われました。

Amiさんが工夫したのは、学期の最初に教授へ自分の状況を伝えておくことです。

「留学生なんです。分からないことが多いと思うので聞きに行きます」って最初に言いに行きました。それだけで配慮してくれる先生が結構いて、やっておいてよかったなと思います。

田舎で車なし、勉強漬けの日々

コミカレがあったのはカリフォルニア州の中部。車がないとどこにも行けず、観光地でもない場所です。遊びに行くには車を持つ友人に乗せてもらうしかなく、生活は自然と勉強中心になりました。

Amiさんは「オールAで卒業して課外活動をやりまくる」と決めて渡米しています。田舎という環境は、その目標を追いかけるにはちょうどよかったと振り返ります。

あそこに4年間だったら嫌だったけど、初めての留学で初めての異国の地としてはすごく合っていました。治安もアメリカにしてはいい方だったし、みんな優しかった。

海外に来たのに、ここで悩んでいる

田舎だから日本人は少ないだろうと思っていたところ、同期だけで約10人、全体では20〜30人ほどいました。提携校経由の学生が多く、ビザの手続きなどで顔を合わせる機会もあったそうです。

海外に来たのに「なんでここで悩んでいるんだろう」って。固まっちゃったら留学の意味がないのになって思いつつ、どうやって折り合いをつけようかなって。

ただ、周囲の日本人は全員が目的を持って来た人たちでした。裕福な家庭から来た学生はおらず、費用を工夫しながら留学を実現している仲間ばかりだったといいます。

みんな自分で考えて、お金を工夫しながら留学を叶えている。その姿を見ていると堕落できないなって、いい刺激をもらいました。

深い友達は作れなかった

現地の学生と深い関係を築くのは簡単ではありませんでした。コミカレにはさまざまな年代の人が通っていて、授業に来てすぐ帰る人が大半です。学生寮がなく、部活動にも入っていなかったため、友人を作れる場が限られていました。

授業内で友達を作るのは無理じゃないかってぐらい難しかったです。グループワークで仲良くなった子とは遊びに行くぐらいにはなったけど、ほとんどが会ったら挨拶する程度の関係でしたね。

基本的には良い人たちに囲まれた環境でした。ただ、一緒にいた人がいなくなった途端に陰で愚痴を言い出す場面に出くわした時は驚いたそうです。全体としてフレンドリーな人が多い中で、そうした振る舞いは余計に意外に映りました。

アジア人だからという露骨な差別は感じなかったものの、人種による微妙な距離感を覚える場面はあったといいます。

費用と暮らし

Amiさんのコミカレ時代の費用をまとめました。金額はすべてAmiさんの記憶に基づく概算です。

項目金額(目安)備考
学生寮(最初の約4ヶ月)約800ドル/月エージェント系の施設。日本人のみだった
シェアハウス(約1年半)約500ドル/月一軒家に4人。友人と同室で折半
生活費(家賃別)月3万〜10万円程度自炊中心なら安い月は3万円台も
保険(1年目)年間約100万円日本で加入した高額プラン
保険(2年目以降)(大幅に減額)大学推薦の安いプランに切り替え
通信費日本の契約のままソフトバンクのアメリカ放題。ギガ無制限

※学費は親が別途負担。金額はすべて概算で、実際の費用とは異なる場合があります

最初に住んだのはエージェント系の学生寮でしたが、入ってみると住んでいたのは日本人ばかり。約4ヶ月で退去し、友人の紹介で一軒家のシェアハウスに移りました。友人と同室にすることで家賃を抑えています。

現金ゼロ、全部クレカの生活

お金の管理はシンプルでした。親が毎月日本の銀行口座に仕送りし、Amiさんはその口座に紐づいたクレジットカードで全てを決済。2年間で現金を使ったことは一度もありません。

全部クレカです。現金は1回も使っていないです。

Chase銀行の口座も開設したものの、ソフトバンクの日本回線を使っていたためアメリカの電話番号がなく、ログインすらできないまま帰国しました。国際送金も一度も利用していません。

食事は基本的に自炊です。炊飯器を持っていて、スーパーやコストコでまとめ買いする生活でした。外食は月に0〜2回程度で、試験前のように余裕がない時だけテイクアウトやデリバリーを使っていたといいます。

自炊をすればマジでかからないなっていう感じです。全然遊ばなかったので、何もない月は3万円ぐらいしか使わない時もありました。

保険は渡米前に日本で高額なプランに加入しましたが、1年間何も使わなかったため、2年目から大学の担当者に勧められた安いプランに切り替えました。仕送りだけでは足りない月は、自分のオンラインインターンなどの収入で補っていたそうです。

課外活動とSNSで広げた世界

自分から動いて掴んだ縁

Amiさんはコミカレでの学業と並行して、多くの課外活動に取り組んでいました。日本企業でのオンラインインターン(約1年半)、オンラインの英語講師、勉強系のカウンセラーなど。ビザの関係で現地では就労できないため、全てオンラインです。

中でも大きかったのが、留学支援の学生団体に立ち上げメンバーとして参加したこと。全員が留学生で構成されたこの団体は、その後法人化しています。

出会いのきっかけはSNSでした。4年制大学への編入を目指す中で、実際にコミカレからUCバークレーやUCLAへ編入した先輩をSNS上で探し始めました。

インスタで検索して、コミカレから4年制大学に編入した人を見つけて、片っ端からDMで連絡しました。返ってこないのを前提でやっていたので、かなりの人数に送りましたね。

その中の一人とZoomで話した際に「今こういうことをやろうとしているんだけど、一緒にやらない?」と声をかけられ、団体に参加。対面で会ったのはわずか1〜2回だけという関係から始まった縁でした。

編入先の大学選びも自力で進めました。ChatGPTに課金して大学リストを作らせ、出てきた情報を公式サイトで確認するという作業の繰り返しです。当時はChatGPTが出始めたばかりで精度が高くなかったため、「どうやって正確な情報を引き出すか」を工夫しながら使っていたと話します。

編入準備と、予想しなかったギャップイヤー

エッセイの「削る」作業

コミカレ2年目、Amiさんはカリフォルニアとフロリダの合わせて5校に出願しました。UCLA、CSU(カリフォルニア州立大学)、フロリダ大学(University of Florida)などです。エッセイは全て自分で書き、英語の文法チェックだけ教授に確認してもらいました。

中でも苦労したのがUC(カリフォルニア大学)のエッセイです。最大350語の字数制限で4問が求められ、壮大なテーマを短い文章に圧縮する作業に3〜4ヶ月を費やしています。

答えるのに3000字ぐらい必要じゃないかっていう質問を350語でまとめなきゃいけなくて。4問全てを通して自分という人間を写し出さないといけないから、統一感を出すのがすごく大変でした。

エッセイで大切にしたことを聞くと「素直に書くこと」と即答でした。自分をよく見せようとしても結局バレる。嘘をつかず盛らずに書いた方がうまくいったと振り返ります。

合格しても、心が踊らなかった

結果はほぼ全ての大学に合格。UCLAは補欠合格(waitlist)でした。しかし、Amiさんの気持ちは予想と違う方へ動いていました。

自分で受験したはずなのに、受かっても「嬉しい」とならなくて。入学手続に手が進まなくて、たぶん本能でときめいていないんだろうなと思いました。

目指していた奨学金は政権交代の影響で廃止されていました。奨学金なしで進学する選択肢もありましたが、それだけの負担をかけてまで行く価値があるのか。Amiさんは自分に問い続けました。

Amiさんには「心が踊る方に行く」という判断基準があります。日本の大学にときめかなかったから海外を選んだ。同じ基準で、今回はギャップイヤーを選びました。

学生の間に社会的身分のない期間をとるのは日本にはない考え方だけど、アメリカではギャップイヤーっていう考え方がある。それをできるのは学生の今だけかなと思いました。

反対されるだろうと覚悟して親に伝えたところ、意外にも「いいんじゃない。仕事も経験してみたら」という言葉が返ってきました。現在は日本で複数の仕事をかけ持ちしながら、編入に必要なDuolingo English Test(大学入学に使える英語試験)の勉強を進めています。

英語の勉強法

毎日コツコツ、裏技はない

Amiさんの英語との付き合いは中学1年生から。当時は学年ビリの成績でしたが、英語が好きだったからやめずに続けていました。高校2年生で急に伸び始め、「遅咲きタイプだった」と本人は振り返ります。

高校1年生で海外留学を決意してからは、英語以外の教科をほぼ捨てて放課後と朝の時間を全て英語に充てる生活を3年間続けました。TOEFL・英検・共通テストの勉強はその日の気分で切り替えていたものの、学校の演習で共通テスト対策は補えていたため、自分の時間はTOEFLに集中できたそうです。

勉強にコツや裏技はない。話を聞いていると、その言葉に迷いはありませんでした。

朝昼晩と1日3回は見て、単語帳は200周はしたと思います。量で勝負する、質の前に量を完璧にするっていう気持ちでやっていました。忘れるのは当たり前で、できるようになるまでやればいい。

具体的な習慣を聞くと、とにかく「毎日開くこと」だったそうです。

毎日少しでもいいから、1単語でもいいから単語帳を開く。具合が悪い時でもどんな時でも毎日やっていました。裏技はないけど、毎日コツコツっていうのが私には合っていましたね。

一つ後悔があるとすれば、スピーキングの練習が足りなかったこと。リーディングを中心にインプットは積み上げていたものの、話す力が追いつかなかったと話します。

渡米してから全然話せないことに直面しました。もっとスピーキングの練習をしておけばよかったなと今は思います。

2年間で変わったこと、これからの話

「自分の幸せが一番」というマインド

2年間のアメリカ生活で一番変わったのは「人との違いの受け止め方」だとAmiさんは話します。

人は人、自分は自分。押し付けるわけでも流されるわけでもなく、「あなたはこうなのね」って受け入れつつ、自分の考えはしっかり持つ。その力は前より増したかなと思います。

もともと完璧主義で心配性な性格は今も変わっていません。ただ、アメリカで出会った人たちのマインドが、Amiさんの考え方に影響を与えました。

アメリカの子たちは「自分が幸せでなかったら意味ないじゃん、自分の人生なんだから」っていう感じで。自分のことを責めている時に「あなたはこうやって頑張っているじゃん」って素直に言ってくれて。そんなに思い詰めなくてもいいんだって思わせてくれました。

次の編入先ではホスピタリティを専攻として検討中です。心理学やプログラミングも考えた末、ディズニーが好きなこととの繋がりや将来の選択肢の広さから、この分野に落ち着きつつあります。「ディズニーの本社で働きたい」という夢は変わっていませんが、「絶対にそこ」という形ではなくなりました。

日本でもアメリカでも、他の国でも働いてみたい。一つのキャリアに縛られるのではなく、興味のあるものに飛び込み続ける生き方を選んでいます。

留学を考えている人へ

最後に、これから留学を考えている人へのメッセージを聞きました。

行きたいと思う理由が英語を喋れるようになりたいだけだったら、行く必要はないと思っています。それだけだと折れてしまう人が多い。でも、明確な目標と自分の信念がある方なら、きっと意味のあるものになると思います。

そして、こう続けました。

今できなくても必ず夢を叶える方法はあるし、必ず何か繋がる道がある。どんな障害があっても、元々の夢を諦めることはしてほしくないです。留学に限らず。

日本の大学にときめかなかったから海外を選び、合格しても心が踊らなかったからギャップイヤーを選んだ。Amiさんは今も、自分の心が動く方を選び続けています。

免責事項

本記事の内容はインタビュー時点の情報に基づいており、費用・制度・条件は時期や個人の状況により異なります。ビザ制度や奨学金制度等は変更される可能性があるため、最新情報は各機関の公式サイトでご確認ください。本記事の内容に基づく判断や行動の結果について、当メディアおよび執筆者は責任を負いかねます。

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この記事を書いた人

マレーシアを中心に、海外の大学に通う現役学生への直接インタビューをもとに、進学のリアルを発信しています。費用・手続き・大学生活まで、実際に現地で学ぶ学生の声をそのまま届けます。

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