年間315万円のアメリカ交換留学——IELTS対策からオハイオの寮生活まで

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アメリカの大学で、毒物学のディスカッションが始まった瞬間、頭が真っ白になったそうです。致死率のグラフを読み解く議論。周りの学生は次々に意見を述べていく。でも、内容がまったく理解できない。授業後に教授のもとへ質問しに行った時には、涙が出ていました。

経済学部の大学生が、アメリカの大学で公衆衛生学を学んでいる。毒物学も、致死率の計算も、高校の理科すら忘れかけていた彼女にとっては未知の領域でした。それでも、この分野をどうしても学びたい理由があったそうです。

IELTSは出願の1ヶ月前から勉強を始め、ギリギリのスコアで突破。ホステルのアルバイトで英語の恥ずかしさを克服し、トビタテの奨学金を獲得して、交換留学の切符を手にしました。

今回お話を聞いたのは、アメリカ・オハイオ州のケント州立大学に交換留学中のちさとさんです。(2026年1月取材)

INTERVIEW GUEST ちさとさんの写真

「追い詰められると人間は本気を出す」

ちさとさん

  • 留学先: ケント州立大学(オハイオ州)
  • 専攻: 経済学 → 公衆衛生学
  • 英語試験: IELTS 6.0(1ヶ月で取得)
  • 奨学金: トビタテ(月16万円+準備金35万円)
  • 費用: 約315万円/年(学費免除)

ちさとさんは、日本の大学では経済学、留学先では公衆衛生学という全く異なる分野を学んでいます。

この記事では、留学を決めた原点から、IELTS対策、トビタテの出願、年間約315万円の費用内訳、アメリカの大学の授業や寮生活のリアル、日本人コミュニティとの距離感、そして英語力や価値観の変化まで、詳しく聞いてきました。

アメリカのケント州立大学に交換留学しているちさとさん、雪の中に立つ写真
CONTENTS

留学の原点——中学の短期留学で残った「悔しさ」

中学2年生のとき、ロサンゼルスに短期留学をしたことがありました。初めての海外。英語を話したい気持ちはあったものの、気づけば日本人の友達とばかり過ごしていたそうです。

ちさとさん

もっと喋りたいなって思う気持ちがずっとあったんですけど、結局日本人とつるんじゃって、あんまり英語が上達しなかった。お金もかけてもらったのに、なんか悔しくて。

その経験が、ずっと心に残っていたとのこと。高校でも留学のタイミングはあったものの、大学受験を理由に見送り、それもまた後悔に変わりました。

高校卒業後にそのまま海外の大学に進む選択肢も一度は考えたそうですが、金銭面のハードルが高く断念。日本の大学に入学してから、交換留学という形で留学を目指すことにしました。

社会人になったらもっと難しい。大学のうちにやらないと、って思いました。

ただ、出願を決めたのは締め切りのかなり直前。留学するかどうか、最後まで迷っていたそうです。

交換留学への準備——1ヶ月でIELTS 6.0を取った話

ホステルバイトで「恥ずかしさ」を取り払う

留学を意識し始めた大学2年の秋から、ホステル(バックパッカー向けの簡易宿泊施設)でアルバイトを始めました。期間は約半年間。

お金を稼ぎながら英語の勉強をしたいと思って。ホステルって海外のお客さんしか来ない場所だったので、自分から話しかけに行って、自然な英会話の練習をしてました。

大学にも英語の授業はあったものの、ホステルでの会話はそれとは全く違う実践の場になっていました。

この半年間で一番大きかったのは、「英語を話す恥ずかしさ」がなくなったこと。留学先でも、他の留学生に比べてその点でアドバンテージがあったと振り返っています。

IELTS——「追い詰められると人間は本気を出す」

交換留学の出願に必要だったのは、IELTS(アイエルツ)という英語試験で6.0以上のスコアを取ること。IELTSは英語圏への留学で広く使われていて、スコアは0〜9.0の0.5刻みで評価されます。6.0は「大学の授業についていける水準」の目安です。

大学の英語の授業はあったものの、ちさとさんいわく「むしろ英語力が下がっていた」状態で、本格的にIELTSの勉強を始めたのは出願のわずか1ヶ月前でした。

勉強法はこうだったそうです。

  • リーディング:問題集をひたすら解いて形式に慣れる
  • リスニング:YouTubeの模擬試験を繰り返し聞き、苦手なパートを重点的に
  • ライティング:IELTSの頻出トピックが掲載されているサイトを参考に、自分でエッセイを書いてChatGPTに添削してもらう
  • スピーキング:頻出トピックを全部Googleドキュメントに書き出し、スラスラ言えるまで練習

結果は以下の通りです。

リスニングリーディングライティングスピーキングOverall(総合)
1回目(8月上旬)5.56.05.55.05.5
2回目(8月末)6.06.05.55.56.0

1ヶ月でリスニングとスピーキングを0.5ずつ上げ、Overall 5.75を切り上げて6.0。ギリギリの合格でした。

2回目はパソコンで受験するCBT形式。ライティングのPart 1を書き終えた直後、操作ミスで文章が全部消えてしまうというアクシデントが起きました。Part 2の後に戻って数行だけ書き直したところ、なぜかスコアは維持。

追い詰められると人間は本気を出すんですよ。どんだけやばくても、最後まで諦めなければなんとかなるっていうのは、IELTSで学びました。

交換留学の選考とトビタテ

交換留学の選考は、日本の大学内で行われました。流れは、日本語の志望理由書とIELTSスコアによる書類選考、その後に面接(10〜15分)。倍率は2〜3倍程度。

倍率が高くないから大丈夫だろうって思う人もいるかもしれないですけど、適当に出すと普通に落ちます。

志望理由書は、家族、友達、社会人の知人など、いろいろな人に添削してもらったそうです。書く上で意識したのは「言いたいことを端的に書く」こと。伝えたいことが多すぎて長くなりがちだったのを、何が一番重要かに絞る作業が難しかったと話していました。

面接は結論ファーストで臨んだとのこと。暗記した文章をそのまま読むのではなく、自分の言葉で話すことを意識したそうです。英語で聞かれる可能性もあったため、日本語・英語の両方で準備。実際は日本語でしたが、他の大学の人は英語で聞かれたケースもあったようです。

出願から渡航まで、およそ1年間の流れはこうなっています。

時期出来事
大学2年の夏留学を決意、IELTSの勉強開始
8月IELTS受験(2回)
日本の大学に出願
11月合格通知
12月〜留学先への手続き開始
1月トビタテ書類提出
3月留学先の大学から正式な受け入れ
5月下旬トビタテ2次面接
6月末トビタテ合格通知
8月渡航

日本の大学の授業と並行しながら、約1年間ずっと手続きが続いていたそうです。交換留学にはGPA(大学の成績平均値。4.0が満点)2.0以上という条件もあり、大学の成績も気を抜けなかったと話していました。

奨学金について

ちさとさんは、トビタテ留学JAPAN(文部科学省が運営する給付型の留学奨学金制度)と大学独自の奨学金の2つを受給しています。当初はJASSO(日本学生支援機構)の奨学金も採択されていましたが、トビタテとの併用ができないため、金額の大きいトビタテを選択したそうです。

  • トビタテ:月16万円+留学準備金35万円(給付型・返済不要)
  • 金額は地域によって異なり、アメリカなどの物価が高い地域は月16万円、アジアなどはもう少し低いとのこと

トビタテの出願には9つの項目に回答する必要があり、それに加えて自由記述では図やイラストを使って留学計画を視覚的にまとめたそうです。特に大変だったのは「留学の成果及びその測定方法」という項目。自分の成長をどう数値化するか、抽象的すぎて悩んだと振り返っていました。

休学という選択

ちさとさんは留学にあたり、大学を1年間休学しています。休学せずに留学する方法もありましたが、就活のスケジュールと重ならないようにするため、休学を選んだそうです。

留学と就活を一編にやるほど器用じゃないって分かってたので。留学なら留学、就活なら就活って集中した方が自分に向いてるタイプなんです。

親にも相談したところ、休学費用はかかるものの「まあそうしなよ」と賛成してくれたとのこと。帰国後は3年の秋学期から復学する予定です。

なぜ公衆衛生学?——アナフィラキシーが変えた進路

日本の大学では経済学を学んでいたちさとさんが、留学先で選んだのは公衆衛生学(Public Health)。健康をどう促進するか、疫病をどう予防するかを学ぶ分野です。なぜ全く違う分野を選んだのか。その背景には、高校時代の体験がありました。

高3の時にアナフィラキシーショックを起こしたんです。普通のアナフィラキシーじゃなくて、運動誘発性っていう、食べた後に運動すると発症するタイプで。それで食生活が一変して、食べるのが怖くなっちゃったりして、結構大変な時期がありました。

その経験から、「自分と同じように食物アレルギーで困っている人を支えたい」「健康に携わる仕事がしたい」と考えるようになったそうです。ただ、日本の大学では学部の転部が簡単ではない。そこで、留学先で自分の専攻とは異なる分野を学ぶという選択肢が浮かびました。

交換留学先として選んだのは、アメリカ・オハイオ州のケント州立大学。候補は5校あり、第1志望で合格しました。選んだ理由は3つ。

  1. 食堂のアレルギー表示がしっかりしていること。食物アレルギーがあるちさとさんにとって、日常のストレスが減る環境かどうかは大きな判断基準でした
  2. 公衆衛生学のプログラムがあること
  3. ネイティブの学生が多い環境であること。英語力を伸ばすために、留学生比率の低い大学を選びたかったそうです
アメリカのケント州立大学の食堂 - 交換留学中のちさとさん撮影

実際に通ってみて、この3つの基準はすべて満たされていたとのこと。

本当にこの大学で良かったって思います。食べ物の心配はいらないし、学びたかった公衆衛生学はあるし、周りにネイティブの人が多い環境ですごく鍛えられてる。

年間約315万円——費用の内訳

交換留学は、日本の大学に在籍したまま協定先の海外大学に派遣される制度で、最大のメリットは留学先の学費がかからないこと。ちさとさんの場合、支払っているのは日本の大学の休学費のみです。

正規で来てる人たちは生活費に加えて授業料もかかるので、600万700万はいってると思います。桁が1個違いますね。

実際にかかっている費用の内訳は以下の通りです。

項目金額(半期)備考
寮費+食費約100〜120万円ミールプラン込み。春学期は値上がり
大学の保険約20〜25万円春学期に値上がり
日本の大学の海外保険約15万円年間。大学の保険と二重加入が必須
年間合計約315万円学費は含まず(交換留学のため免除)

これに加えて、通信費はMint Mobile(ミントモバイル)の年間プラン(2〜3万円)を利用。回線はあまり強くないものの、キャンパス内は基本的にWi-Fiを使うため問題なかったとのこと。

雑費については「使う場所がない」のが実情で、キャンパスの外に出ることがほとんどなく、冬は雪で外出もできないため、サークルの年会費(半期5千円程度)くらいしか支出がないそうです。

支払い方法は、日本のクレジットカードがメイン。現金は少し持参したものの、ほとんど使う場面がなかったとのこと。銀行口座の開設はしておらず、パスポートだけで開設できるものの、カードが届くまで数週間かかるため見送ったそうです。

奨学金(トビタテ月16万円+大学奨学金)と自分の貯金、親からの援助で費用を賄っています。

ケント州立大学での暮らし

渡航直前に、思わぬトラブルが起きました。中毒疹が出て入院。出発が約1週間遅れ、大学のオリエンテーションにも参加できませんでした。

出発直前のアクシデント——遅れたスタート

とりあえず友達づくりとか、授業とか、1週間で生活基盤を整えようと思って、がむしゃらに頑張ってました。

みんなより遅れてのスタート。英語も最初は全然聞き取れず、相手が何を言っているかわからないまま会話が終わることもあったそうです。ただ、ホステルバイトで鍛えた「自分の言いたいことを伝える力」はあったため、わかるまで何度でも聞き返すスタイルで乗り切っていたとのこと。

極寒のオハイオ——「寒いのは慣れてると思ったら痛かった」

千葉県出身のちさとさん。スキーやスノーボードが好きで、新潟にもよく行っていたため「寒さには慣れてる」と思っていたそうです。

しかし、オハイオの冬は想像以上でした。11月から雪が降り始め、気温はマイナスに。雪による休講も頻発していました。インタビュー当日も雪で授業がなくなったとのこと。

スキーとかで寒いのは慣れてるし、行けるかなって甘く見てたら、もう痛いんですよ。寒いんじゃなくて、痛い。

キャンパスとサークル

ケント州立大学のキャンパスはとにかく広い。日本の大学は15分あれば一周できるそうですが、ケントでは寮から公衆衛生学の建物まで歩いて17分。ビル間の移動に25分かかることもあり、友達がキャンパスの外周を歩いたら約2時間かかったとのこと。

ケントという町自体は「中に何もない」場所で、大学が2〜3日に1回イベントを開催しているそうです。このイベントが、友達を作る大きな機会になっていました。

サークル活動にも積極的に参加。秋はピックルボールクラブ(テニスと卓球を合わせたスポーツ)、通年でアジアンカルチャークラブや国際交流系のサークルに顔を出し、時間がある時は日本語クラスの授業にも自主的に参加しているそうです。

食事——アレルギー対応が充実

食事はキャンパス内の食堂で、ミールプラン(食堂を一定回数利用できる前払い制の食事プラン)を利用しています。秋学期は200食分のプランとカフェテリアで使えるクレジットがセットになったものを選びましたが、200食では足りなかったそうです。

友達にゲストミールっていう、人を招待できるミールがあって、それで助けてもらいました。

食堂にはグルテンフリーのセクションやベジタリアン向けのコーナーがあり、アレルギー表示もしっかりしていました。日本と比べて食の多様性に対する配慮が行き届いていると感じたとのこと。

サンクスギビング(アメリカの感謝祭。11月の祝日)の時期には見たことのない料理も。キノコにお肉を詰めて、さらにナッツとベリーが入った料理が食堂に出てきたものの、「めっちゃまずかった」ので好きな人にあげたそうです。

寮生活——ルームメイトガチャ

交換留学生は安全面から、キャンパス内の寮に住むことが原則。正規留学生はキャンパス外にも住めますが、車がないと難しいためキャンパス内を選ぶ人が多いそうです。

寮は自分で申し込む形式で、サイト上から空いている寮と部屋を選択できます。誰が住んでいるかも事前に確認可能。ちさとさんの場合、当時アメリカのビザ発給が不透明だった時期と重なり、申し込みが遅れて選べる寮が限られていました。

結果的に入ったのはLGBTQ対応の寮。男女の区別がない寮で、フォーム上で「女性」を希望していたにもかかわらず、ルームメイトが男性だったというアクシデントがありました。

アメリカ人の人に聞いたら、「それはアメリカでも普通じゃないよ」って言われたので、ちょっと特殊だったんだと思います。

渡航前に部屋を変更し、事なきを得たとのこと。その後のルームメイトとは生活スタイルの違いでぶつかることもあり、相手が退去。今は新しいルームメイトと一緒に暮らしています。

部屋には机、ベッド、収納が2セット。バスルームやトイレはフロアの共用です。

アメリカのケント州立大学の寮の部屋 - 交換留学中のちさとさん撮影

治安とドラッグ

キャンパス内の治安について聞くと、開口一番「安全すぎる」という答えが返ってきました。

キャンパス内は安全すぎてカルチャーショックでした。スマホとか荷物とか置いたままどっか行っても、誰も盗らないんですよ。

ただし、宅配荷物がディストリビューションセンター(受け取りセンター)の外に放置されて盗まれるケースはあったとのこと。夜もキャンパス内やダウンタウンを歩くのに不安はなく、深夜にバーから歩いて帰ることもあったそうです。

ただ、ハロウィンの時期に近くのバーで銃撃事件が発生。すぐに取り押さえられて大事には至らなかったものの、身近で起きた出来事として印象に残っていると話していました。

ドラッグについては、キャンパス内は禁止されているものの、吸っている人はいるとのこと。オハイオ州は大麻が合法化されていることも関係しているようです。ちさとさんの寮ではRA(フロアごとのリーダー的存在)が厳しく対応してくれていて、匂いがした時点で注意が入るため安心だった一方、大きめの寮では「結構ある」という話も耳にしたそうです。

授業——「教授に質問しに行ったら泣いてました」

アメリカの大学の授業は、意外にも日本と似ている部分がありました。8割はレクチャー形式で、教授が前に立って講義をする形。ディスカッションの時間もありますが、思っていたほど多くはなかったそうです。

ただ、日本と大きく違うのは少人数制であること。1クラスは最大でも20人程度。全員が積極的に手を挙げて質問し、授業中に教授の話を遮ってでも発言する文化に驚いたそうです。

日本の大学って100人ぐらいの大教室が多いと思うんですけど、こっちは多くても20人。そこはめっちゃいいなって思いました。

アメリカでは1つの授業が3単位(日本は2単位が一般的)で、週に2〜3回同じ授業がある代わりに、取る科目数は少なくなります。科目数が少ない分、一つひとつの授業の専門性が高い。課題も頻繁で、週1回からほぼ毎回の授業ごとに提出があったそうです。課題の形式は、日本のような短い感想レポートではなく、「このシチュエーションであなたはどう考えるか?」と問われるケーススタディ型が多かったとのこと。

ケント州立大学に交換留学しているちさとさんの授業スケジュール

特に苦労したのは、秋学期に取った3000番台(上級レベル)の環境衛生学。公衆衛生学の中でも科学寄りの内容で、毒物学(毒とは何か、致死率はどう計算するか)といったテーマを扱う授業でした。

日本語でもわからない内容を英語でやるんですよ。高校の科学すら忘れちゃってるのに、大学の理系レベルの話をされて、もうパニックでした。

ある日、通常は別の日に行われるレクチャーとディスカッションが同じ日にまとめて行われました。レクチャーの内容をまだ理解できていない状態でディスカッションが始まり、グラフを読み解く議論にも全くついていけなかったそうです。

グループの友達が意見を振ってくれたんですけど、理解できてないから意見を言うまでもなくて。授業の後に教授に質問しに行った時には泣いてました。「何も分かりません」って。

専門外の分野を英語で学ぶ難しさを痛感した出来事だったようです。

日本人コミュニティとの距離感

渡航が遅れてオリエンテーションに参加できなかったこともあり、最初の時期は日本人のコミュニティに頼ることが多かったそうです。

しかし、しばらくすると空気が変わっていきました。みんなそれぞれ必死で、心に余裕がなかったのだと思います。ちさとさんはそう振り返ります。助け合う関係だったはずが、少しずつ居心地が悪くなっていったとのこと。

なんで私は日本人のコミュニティのことで悩んでるんだろう、もっとすべきことがあるのに、って思ったんです。留学の期間には限りがあるって分かってるのに。

その気づきをきっかけに、日本人グループとは適度な距離を取り、海外の友達を積極的に作る方向にシフトしました。3ヶ月目あたりから一気に友達が増え、友達が友達を紹介してくれるパターンが生まれていったそうです。

今も日本人の友達とは仲が良く、会えばご飯を食べたり、話をしたりする関係。ただ、ずっと一緒にいるのではなく、お互いに現地で友達ができたことで、依存しない距離感になったとのこと。つらい時期にそばにいてくれた友達には、とても感謝していると話していました。

自己嫌悪との向き合い方

留学生活の中で、自分に対する理想が高すぎて成長を認められない時期もあったそうです。確実に前に進んでいるはずなのに、理想との差ばかりが目について落ち込んでしまう。

そこで始めたのが「小さなことの継続」。Duolingo(語学学習アプリ)、AI英会話アプリのSpeak、英語での日記。毎日必ず1回は英語に触れる習慣を作ったそうです。

さらに、日本の大学が無料で提供しているオンラインTOEICを数ヶ月に1回受験し、英語力の伸びを数値で確認するようにしたとのこと。

毎日の勉強がどれだけ自分の力になったかを可視化して、「やっぱり成長してるわ」って自信を持つためにやってます。

英語力と自分の変化

3ヶ月目——ネイティブと話せるようになった瞬間

英語力の変化には、はっきりとした転機がありました。来て3ヶ月ほど経った頃、留学生同士の会話を楽しめるレベルから、ネイティブの友達とも自然に話せるようになったそうです。

半年近く経った今、1対1の会話なら8割は理解できるようになったとのこと。ただし、アメリカの政治や最近のTikTokのトレンドなど、文化的な前提知識が必要な話題はまだ難しいそうです。

グループは3人までがちょうどいいんですよ。4人5人になるとアンテナをもっと立てなくちゃいけなくて、ついていくのに疲れちゃう。

冬休みに1ヶ月ほど英語を使わない期間があり、「英語力が下がってるかもしれないからよろしく」と友達に伝えたところ、「任せてよ!」と言ってくれたそうです。今はリハビリ中だと笑っていました。

わからない時は「もう一回言ってください」を自分がわかるまで何度でも聞く。このスタンスを続けてきたことが、英語力の伸びにつながったようです。

英語で考える脳に変わった

自分自身の変化として一番実感しているのは、「日本語で考える時間がほとんどなくなった」こと。以前は英語で会話している最中にも頭の中で日本語を使っていたのが、今は英語で考えて英語で話すのが自然になってきたそうです。

マジで日本語で考えてない時、多いかもしれない。うまく英語が出てこない時もあるんですけど、それでも頑張って英語で伝えようとしてる自分がいます。

リンキング(”I like it”が “I likit” のように音が繋がること)も自然に使えるようになり、1対1の会話がスムーズに進むようになったと感じているそうです。

「自分の時間を大切にする」文化——当たり前が壊れた

英語力以外に大きく変わったのは、「自分の時間」や「自分の好き」に対する考え方でした。

アメリカの友達は、遊びの誘いを断る時に「今日はゆっくりしたいから」とはっきり伝えます。自分の時間を大切にするために断っている。それを周りも自然に受け入れる。

みんな自分の好きなものをすごく大切にして、それをファッションとかグッズとかで堂々と表現してるんです。恥じらいもなく。自分の軸を持ってて、それをちゃんと言葉でも言える。同調圧力が当たり前の自分にとって、すごいいいなって思いました。

知らない人にも気軽に話しかける文化、「I love you」や褒め言葉を積極的に伝える文化。日本では「気遣い」として同調圧力に合わせることが多かったちさとさんにとって、それは「当たり前が壊れた」瞬間だったそうです。

アメリカのケント州立大学に交換留学している、ちさとさんと友人

これから——公衆衛生学をどう活かすか

2026年5月末に帰国予定。あと数ヶ月で留学が終わることについて、「ちょうど英語力が上がってきた時に帰らなきゃいけないのが悔しい」と話していました。

帰国後は3年の秋学期から復学し、就職活動に入る予定です。留学で学んだ公衆衛生学と、自身のアレルギーの経験を活かし、製薬、食品、医療機器といった健康に関わる業界を目指しているとのこと。卒論でも、アメリカと日本のアレルギー対応の違いをテーマにしたいと考えているそうです。

留学を考えている人へのメッセージを聞きました。

やらない後悔よりやる後悔。若いうちじゃなきゃ失敗もできないよって思うんです。年を取るほど守りに入っちゃうし。大学生って一番自由だし、何でもできる。お金の問題があっても、調べればいろんな機関が奨学金を出してくれてる。手を差し伸べたら助けてくれる大人がいるんだなって、すごく分かりました。

そしてもうひとつ。

チャンスは自分でつかむもの。自分で動かないと新しい世界も開けないし、チャンスも巡ってこない。

わからないことがあれば、大学の国際センターに直接足を運んだ。ホステルで働いて英語の恥ずかしさを取り払った。出願は直前まで迷ったけれど、最後は「よし、行こう」と決めた。

中学の短期留学で感じた悔しさから始まった留学への思いは、たくさんの準備と挑戦を経て、今ちさとさんをアメリカの大学に立たせています。帰国まであと数ヶ月。公衆衛生学を学びながら、英語を磨きながら、ちさとさんの留学生活はまだ続いています。

免責事項

本記事の内容はインタビュー時点の情報に基づいており、費用・制度・条件は時期や個人の状況により異なります。ビザ制度や奨学金制度等は変更される可能性があるため、最新情報は各機関の公式サイトでご確認ください。本記事の内容に基づく判断や行動の結果について、当メディアおよび執筆者は責任を負いかねます。

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この記事を書いた人

マレーシアを中心に、海外の大学に通う現役学生への直接インタビューをもとに、進学のリアルを発信しています。費用・手続き・大学生活まで、実際に現地で学ぶ学生の声をそのまま届けます。

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