出願締め切りまで、あと数日。 まだ迷っていました。「留学しようか、しないか」。
中学2年のとき、自分から頼んで行ったアメリカ短期留学。でも日本人とばかりつるんでしまって、「お金とかを無駄にしちゃった感があって悔しかった」。高校では留学のチャンスを受験優先で見送って、また後悔が増えました。
その積み重ねが、大学2年の秋、出願フォームの前に立たせていました。でも決心はつかない。「社会人で留学って難しいから、大学でやるしかない」。そう分かっていても、最後の最後まで迷っていたそうです。
今回お話を聞いたのは、そんな迷いを抱えながらも、アメリカ・オハイオ州のケント州立大学へ交換留学した、ちさとさんです。(2026年1月取材)
IELTS対策は出願1ヶ月前から。倍率2〜3倍の学内選考。アレルギーがあるからこそ重視した大学選び。そして渡航後には、マイナス気温の極寒、授業で泣くほどの苦労、日本人コミュニティでの予想外の悩み。ちさとさんの留学は、キラキラしたイメージだけでは語れないリアルに満ちています。
迷いながらも踏み出した一人の留学生が、実際にどう準備して、何に直面して、どう乗り越えたのか。ちさとさんに留学生活のリアルを聞いてきました。
留学を決めるまで
中学の短期留学で味わった「悔しさ」
ちさとさんが留学を意識し始めたのは、中学2年生のときでした。いろんな人と話す経験をしてみたいと思い、自分から親に頼んでアメリカのロサンゼルスへ短期留学に行ったそうです。
ところが、思い描いていたような経験にはなりませんでした。渡航が遅れてオリエンテーションにも参加できず、自然と日本人のコミュニティに頼る形になってしまったそうです。
日本人とばっかりつるんじゃって、あんまり英語が上達しなかったんです。
海外の友達よりは日本人の友達ができちゃって、「これって本当にしたかったことなのかな…」って思ったら、お金とかを無駄にしちゃった感があって悔しかったですね。
自分から望んで行った留学だったからこそ、余計に悔しさが残ったのかもしれません。この経験が、後の交換留学を「リベンジ」と位置づける原点になっています。
高校生になっても留学のタイミングはありました。しかし、大学受験を優先してその機会を見送ることに。「やればよかった」という後悔がまた一つ増えたと振り返ります。
現実的な問題で社会人で留学って難しいじゃないですか。なので大学でやるしかないっていう感じでした。
中学での悔しさ、高校で見送った後悔。その積み重ねが、大学での交換留学という選択につながっていきました。
出願直前まで迷っていた
留学への思いはあったものの、実際に踏み出すまでには迷いもあったようです。
交換留学は出願から渡航まで1年以上かかります。ちさとさんの場合、大学2年の秋が出願のタイミングでしたが、決心がついたのは本当にギリギリだったそうです。
結構最後まで留学しようか留学しないか迷ってて、出願直前になって「よし行こう」みたいな感じになりました。
高校卒業後にそのまま海外の大学へ進学するという選択肢も一度は考えたそうですが、金銭的なハードルが高く断念。交換留学であれば留学先の授業料がかからないため、比較的現実的な選択肢だったと言います。
留学の形態としては、交換留学のほかに私費留学やワーキングホリデーもありますが、「金銭的にもやりたいこと的にも現実的だなって思ったのが交換留学だった」とのこと。迷いながらも、自分の状況に合った選択肢を見極めていったようです。
交換留学の準備と選考
「本当に1ヶ月しかやってなくて」——ギリギリで取ったスコア
交換留学の出願には、英語力を証明するスコアが必要です。ちさとさんの場合、IELTSで6.0以上が求められていました。
ところが、本格的に勉強を始めたのは出願のわずか1ヶ月前。大学の英語の授業はあったものの、むしろ英語力は下がっていたと感じていたそうです。
本当に1ヶ月ぐらいしかやってなくて。出願の1ヶ月前に「もうここでやるしかない」って感じで気合で取りました。
1回目の受験では基準に届かず、約3週間後に2回目を受験。なんとかギリギリで6.0を達成したそうです。
「皆さんが言ってるのを聞いてたのにやらなくて」と笑いながらも、「本当は前々から勉強するのがいいんだろうなってすごい思いました」と振り返ります。
一方で、留学前の準備としてホステルでのアルバイトも経験しました。バックパッカーが泊まりに来るような宿泊施設で、海外からのお客さんに英語で話しかける経験を半年ほど積んだそうです。お金を稼ぎながら英語を使う機会を作るという工夫でした。
「少ないと思ってテキトーに出すと普通に落ちる」
交換留学では、まず日本の大学内で選考を通過する必要があります。ちさとさんの大学では、IELTSのスコアと志望理由書による一次選考、そして面接による二次選考という流れでした。
倍率は2〜3倍ほど。「少ないと思ってテキトーに出すと普通に落ちるっていうことを言っておきたいです」とちさとさん。
志望理由書は日本語で作成し、家族や友人など複数の人に添削してもらったそうです。
言いたいことを端的に書く。だらだら書かないっていうのが簡単だけど難しいなと思いました。言いたいことがありすぎるがために長くなっちゃうので、どこが重要なのかを抑えて、端的にわかりやすく書くのが難しかったです。
二次選考の面接は10〜15分程度。結論ファーストを意識して、「最初に何点あって、それぞれこういう理由で、私はこの大学に行きたいです」という形で伝えたそうです。
面接は日本語で行われましたが、英語で聞かれることもあると注意書きがあったため、どちらでも答えられるように準備。「自分は運がたまたま良かっただけですね。大学の他の人たちは英語で聞かれた人もいたらしいので」とのこと。
また、交換留学の選考とは別に、トビタテ留学JAPANの奨学金にも出願していました。こちらは多くの質問に答える形式で、交換留学の選考よりもさらに大変だったそうです。結果的にトビタテの奨学金を獲得することができました。
ケント州立大学を選んだ理由
アレルギー持ちでも安心して生活できる場所
ちさとさんがケント州立大学を第一志望にした理由は3つありました。
1つ目は、食堂でのアレルギー表示がしっかりしていること。ちさとさんは高校3年生のときにアナフィラキシーショックを経験しています。食べた後に運動すると発症する「運動誘発性アナフィラキシー」という珍しいタイプで、それ以来、食生活には気を使わなければならなくなりました。
自分はアレルギーがあるので、食堂にアレルギー表示がしっかりあるっていうのが、生活する上でストレスがないんです。
2つ目は、公衆衛生学が有名であること。3つ目は、ネイティブの学生が多い環境であること。留学生比率が低めで、英語を使わざるを得ない環境に身を置きたかったそうです。
候補としては5校ほど書けたそうで、セント・クラウド州立大学やトレド大学なども挙げていました。「なんかわかんないですけど北の方に行きたくて」と笑います。幸い第一志望のケント州立大学に決まりました。


実際に留学してみて、選んだ理由はすべて満たされていると感じているそうです。
普段食べる食べ物も心配いらないし、自分が学びたかった公衆衛生学も学べてるし、本当に周りにネイティブの人が多い環境にあるので、すごい訓練されてるなっていう感じがしてめっちゃ良かったなって思います。
専攻を変えて学びたかったこと
日本の大学では経済学を専攻しているちさとさんですが、留学先では公衆衛生学を学んでいます。健康をどうやって促進させるか、病気をどうやって予防するかといった分野です。
この選択の背景には、高校3年生でのアナフィラキシーショックの経験がありました。
それ以来、食生活が一変し、食べること自体が怖くなった時期もあったそうです。その経験から、同じようにアレルギーで悩む人を支えたい、健康に携わる仕事をしたいと考えるようになりました。
日本の大学では転部が難しいこともあり、留学を「違う分野を学べる一種の選択肢」として捉えていたそうです。将来は製薬系、食品系、医療機器など、健康に関わる業界で働きたいと考えているとのこと。
ちさとさんは休学して留学しています。在学のまま留学すれば単位を持ち帰れますが、就活の時期と重なってしまうため、休学を選んだそうです。帰国後は3年生の秋学期から復学する予定です。
現地での生活
寮から授業まで徒歩17分、広すぎるキャンパス
今のちさとさんの1日は、だいたい10時ごろに起きて、朝ごはんを食べて授業へ。お昼ごはんを挟んでまた授業に出て、3時〜4時ごろに終わるそうです。その後は図書館で勉強したり、友達と遊んだり、サークルに顔を出したり。キャンパス内の寮に住んでいるため、生活のほとんどがキャンパス内で完結しています。
想像と違った極寒の日々
ケント州立大学があるのは、アメリカ・オハイオ州。ちさとさんが想像と違ったと感じたのは、その寒さでした。
全然日中でもマイナスいっちゃってるんですよ。今日は雪で休校ですし。雪で休講が最近結構多くて。
雪は11月から降り始め、冬になるにつれてどんどん強くなっていったそうです。でっかい雪だるまが作れるぐらいには普通に積もると言います。
千葉県出身のちさとさんは、スキーやスノボーが好きで新潟にもよく行っていたため、「寒いのは慣れてるしいけるか!」と甘く見ていたそうです。
痛い目見ました。めっちゃ寒い。凍えそう。
キャンパスはかなり広く、寮から公衆衛生学のビルまで徒歩17分ほどかかるとのこと。キャンパス内に住んでいるのに、建物から建物への移動だけで25分かかることもあるそうです。友達がキャンパスの外周を散歩したときは、2時間近くかかったと言います。バスもありますが、ダイヤの都合でいつも歩いているそうです。
最初のルームメイトは男性だった
ちさとさんは、現在キャンパス内の寮に住んでいます。交換留学生は安全面の理由から、基本的にキャンパス内の寮に住むことが決まっているそうです。
部屋はツインルームで、机・収納・ベッドが2セット。バスルームとトイレは部屋の外にあり、フロアで共用する形です。


寮選びでは少しトラブルがありました。申し込みが遅れて選べる寮が少なくなり、最初に配属された部屋ではルームメイトが男性だったそうです。渡航前に部屋を変更できたため問題はありませんでしたが、驚いた経験だったようです。
その後、日本人のルームメイトと住むことになりましたが、こちらも途中で揉め事があり、相手が出て行って一人部屋に。現在は新しいルームメイトと住んでいるそうです。
ファミリーサイズが日本の2、3倍——アメリカの食文化
食事は寮内の食堂で取っています。ミールプランというパッケージを選択する形式で、「無制限のプラン」や「〇〇食まで」といったコースがあるそうです。
食堂にはグルテンフリーのセクション、ベジタリアン用のセクション、ハラル用のセクションなど、いろんな選択肢があると言います。
いろんなご飯の選択肢があって。アレルギー表示もしっかりしていて、日本と違って多様性があるなって思いました。
一方で、アメリカならではのカルチャーショックもありました。
「ありがとう」「愛してる」といった言葉を積極的に言う文化、知らない人にも話しかける習慣、服装を褒め合う姿。そして、食べ物のサイズの大きさ。
ファミリーサイズのお菓子がコストコみたいなサイズで。日本でのファミリーサイズでもまあまあ大きいじゃないですか。それの2、3倍でかかったりして。マックのラージサイズのドリンクも1.5倍でかかったんです。
サンクスギビング(感謝祭)の時期には、キノコにお肉を詰めてベリーとナッツが入った見慣れない料理が出てきて、「おいしいかなと思ったらめっちゃまずかった」という経験もあったそうです。


授業と友達づくり
アメリカの授業は「意外と日本と変わらない」
アメリカの大学の授業といえば、活発なディスカッションをイメージする人も多いかもしれません。ちさとさんも同じ期待を持っていましたが、実際は少し違ったようです。
意外と変わらないっていうのがガッカリしたポイントです。もちろんグループディスカッションがある授業はあるんですけど、割とレクチャーっていうインプットの授業みたいなのがあって。
ディスカッションとレクチャーの割合は、体感で2対8ほど。思ったより意見交換の場は少なかったと言います。
ただし、日本の大学との大きな違いは課題の量でした。
日本の課題ってすぐ終わるじゃないですか。けどアメリカの大学は、ちょっとした100ワードぐらいの意見文とか、「それを解決するためにあなたはどう考えますか?」みたいなシチュエーションが設定されてる問題とか、そういう課題が多かったです。
単位の仕組みも異なります。日本では1授業2単位が一般的ですが、アメリカでは1授業3単位で、週に2〜3回授業があるとのこと。科目数は少なくなる代わりに、一つの科目を深く学ぶスタイル。日本では広く浅く、アメリカでは狭く深く、という違いがあるようです。
クラスの人数も違いがあります。日本の大学では100人規模の大教室での講義が多いのに対し、ケント州立大学では多くても20人程度の少人数制。学生が授業中に手を挙げて質問したり、教授を遮ってでも疑問点を聞いたりする姿は、イメージ通りだったそうです。
ただ、一つ気になったのは貧乏ゆすり。「20人いるクラスだとして、10人ぐらいが貧乏ゆすりしてて。最初は机が揺れすぎてイラッとしました」と笑います。
友達は授業内ではできない
アメリカ人は知らない人にもよく話しかける。そんなイメージを持っていたちさとさんですが、授業内での様子は少し違いました。
みんな知らない人とよく喋るから、授業中も仲良く和気あいあいとしてるのかなと思ったら、みんなスマホいじってめっちゃ静かで、友達とか全然できなくて。基本的に授業内で友達できないなって思いました。
では、どうやって友達を増やしていったのか。ちさとさんの場合は、サークル活動や、道端で出会った人に話しかけることで友達が増えていったそうです。
今仲良い子も道端で出会った子なんですよ。私が何か話しかけて、仲良くなって。
サークルはいくつか入っていて、秋学期はピックルボールクラブ(テニスと卓球を組み合わせたようなスポーツ)、今はアジアンカルチャークラブや国際交流系のサークルに顔を出しているそうです。時間があるときは日本語クラスの授業にも参加していると言います。
また、留学直前に中毒疹を発症して渡航が1週間ほど遅れたこともあり、最初の1週間は周りに追いつくことに必死だったそうです。イベントに参加したときは「絶対誰かに話しかけよう」というマインドで臨んでいたと言います。
ケントは田舎で娯楽が少ない分、2〜3日に1回はイベントが開催されていて、新しい人と出会う機会は多かったようです。友達に友達を紹介してもらうパターンが一番多く、ネイティブも留学生もバラバラに友達ができたとのことです。


留学中に直面した壁
日本人コミュニティとの距離感に悩んだ3ヶ月間
留学生活の中で一番辛かったことを聞くと、意外な答えが返ってきました。英語の壁ではなく、日本人コミュニティとの距離感だったそうです。
英語の壁と向き合うために留学に来たはずなのに、悩んでいるのは日本人との人間関係——その矛盾がとにかく苦しかったと話します。
当初は「困った時に助け合う」関係をイメージしていたものの、慣れない環境の中でみんなが必死になり、心に余裕がなくなっていった結果、うまくいかない場面も出てきたそうです。ただ、つらい時期にもそばにいてくれたり支えてくれた友達には、今もとても感謝していると話してくれました。
交換留学には時間のリミットがある。そう考えて、3ヶ月目あたりで距離感を見直したと言います。
現地でそれぞれ自分の友達ができたことで、お互いに依存しなくていい関係になれたのだと、ちさとさんは振り返ります。今でも仲の良い日本人の友達はいて、会ったら一緒にご飯を食べたり話したりはするそうです。適度な距離感を保つようにしてから、海外の友達も一気に増えていったとのことです。
授業でわからなすぎて泣いた日
英語面で一番苦労したのは、秋学期に履修した環境衛生学の授業でした。
アメリカの大学では、授業に1000番台、2000番台、3000番台といった番号がついていて、数字が上がるほど難易度も上がります。ちさとさんは興味があったからという理由で3000番台の授業を取ってしまいました。
文系のちさとさんにとって、大学レベルの理系の授業は想像以上にハードでした。毒物学では毒の定義や致死率の読み取り方といった内容を扱い、まったくの専門外だったそうです。
ある日の授業では、内容についていけないままディスカッションの時間になってしまい、何も発言できなかったそうです。
授業後に教授のもとへ質問しに行った際には、わからなさすぎて思わず泣いてしまったと振り返ります。
英語力の問題だけでなく、そもそも日本語でも理解できない内容だった。専門外の分野を外国語で学ぶ難しさを痛感した経験だったようです。
英語力の変化と自己嫌悪
英語力は少しずつ変化していきました。
留学から3ヶ月目の頃は、留学生同士の会話が一番楽しめるレベルだったそうです。お互い第一言語じゃない者同士だと、スピードもゆっくりで聞き取りやすかったとのこと。
3ヶ月目あたりからネイティブの友達ができ始め、だんだん聞き取れるようになっていきました。半年近く経った今では、1対1ならだいぶ聞き取れるようになったそうです。
最近では日本語を介さずに英語で考えて英語で話せる場面が増えてきたそう。リンキング(英語の音がつながって聞こえる現象)にも慣れてきたと、自身の成長を実感しています。
一方で、グループでの会話はまだ難しいと感じているそうです。トピックによっては全然ついていけないこともあり、アメリカの流行や政治、ローカルな話題になると「マジで何言ってるのかわからない」状態になることも。
また、留学中は自己嫌悪に陥ることもあったと言います。
帰りたいっていうより自己嫌悪に陥る。自分で良くないとこってわかってるけど、確実にちょっとずつ成長してるはずなのに、自分の理想が高すぎて、できない自分にすごいガッカリして。
そんなときは友達や家族に相談したり、毎日何かしら英語に触れる習慣を続けることで、少しずつポジティブになれるようにしていったそうです。
費用と治安のリアル
奨学金なしでは厳しい、1年間で約315万円
交換留学を選んだ大きな理由の一つは、留学先の授業料がかからないことでした。日本の大学への休学費だけで済むため、私費留学と比べると費用は大きく抑えられます。
それでも、1年間の総費用は約315万円になったそうです。寮費、食費、保険などを合わせた金額です。物価高騰の影響もあり、当初の想定より費用がかさんだと言います。
奨学金の影響はもう超でかいです。本当に留学費用が高すぎるんで、マジでありがたいです。
ちさとさんは大学からの奨学金と、トビタテ留学JAPANの奨学金を利用しています。JASSOの奨学金にも出願していましたが、最終的にはトビタテを選んだそうです。奨学金に加えて、自分の貯金と親からのサポートでなんとかやりくりしていると言います。
交換留学であっても、奨学金なしでは厳しい金額です。なお、私費留学の場合は授業料も加わるため、さらに大きな金額になるそうです。
キャンパス内は安全、でも銃撃事件も
治安については、キャンパス内は想像以上に安全だったそうです。
キャンパス内安全すぎて、スマホとか物とか飲み物とか、置きっぱでどっか行けちゃう。
夜でもキャンパス内をウロウロできるし、ダウンタウンから深夜に歩いて帰っても大丈夫だったと言います。ただし、友人の宅配荷物が盗まれたことはあるそうで、「貴重品は盗まれないのに宅配は盗まれるんだ」と不思議に思ったそうです。
一方で、ハロウィンの時期にキャンパス近くで銃撃事件があったことも話してくれました。犯人は地元の人ではなかったそうですが、「キャンパス内は安全だけど、キャンパス外は最低限の注意は払った方がいいなって思いました」とのこと。
ドラッグについては、「知ってる人は知ってます」という状況。法律的には問題ないものの、キャンパス内では禁止されているそうです。寮のフロアリーダーが厳しく対応してくれたおかげで、自分の寮ではあまり問題になっていないとのことでした。
こうして約半年が過ぎ、2026年5月末の帰国が近づいてきました。「ちょうど英語力が上がってきたときに帰らなくちゃいけないんで、ちょっと悔しい」と話します。1年という期間の短さを実感しているようです。
留学を考えている人へのメッセージを聞くと、こんな言葉が返ってきました。
やらない後悔より、やって後悔。
若いうちじゃなきゃ失敗もできないよっ。
大学生って一番自由だし、若いし何でもできると思うので。調べればいろんな機関が奨学金とか出してくれてる。手を伸ばしたら助けてくれる大人がいるんだなって分かったので、マジで挑戦してみてほしい。
そして、「チャンスは自分でつかむ」「自分で動かないと世界も広がらないし、チャンスも巡ってこない」とも。困ったら人を頼ること、国際センターに直接聞きに行くこと。行動することの大切さを、自身の経験から語ってくれました。
続きの記事について
IELTS 1ヶ月で6.0、ライティングが全部消えても諦めずに合格。日本人コミュニティで3ヶ月悩んだ後、海外の友達を一気に増やした。専門外の授業で泣いても、高校化学を復習して乗り越えた。何度壁にぶつかっても諦めない。私自身インタビュー中何度も勇気をいただきました。
ただ、この記事では、ちさとさんの体験の詳細を伝えきれませんでした。
たとえば、IELTS 1ヶ月対策の具体的な方法。セクションごとにどんな教材を使い、どう勉強したのか。2回目の受験でライティングが全部消えたとき、パニックにならずにどう対応したのか。そして、トビタテ留学JAPANの奨学金出願。9つの質問に何を書いたのか、「留学の成果をどう測定するか」という抽象的な質問にどう答えたのか。
続きの記事では、こうした詳細をお話ししています。
- IELTSを1ヶ月で仕上げた方法
- セクションごとの勉強法と使った教材
- ライティングが全部消えても諦めなかった
- 「受かるだろうな」と思えた理由
- 志望理由書に何を書いたか
- トビタテの9つの質問と自由記述
- JASSOとトビタテ、どちらを選ぶか
- 留学先を決めた3つの条件
- アレルギー対応を最優先にした理由
- 公衆衛生学を選んだ背景と将来設計
- 休学を選んだ理由
- 「留学なら留学、就活なら就活」
- 単位が取れないデメリットをどう捉えたか
- 1年間で約315万円の内訳
- 半期ごとの内訳と物価高騰の影響
- ミールプラン200食では足りなかった
- ルームメイトが男性だった話
- ビザ問題で申し込みが遅れた経緯
- 同じ大学からの留学生と揉めた話
- 日本人コミュニティと距離を置くまで
- 「足を引っ張り合う集団」になった背景
- 海外の友達を増やすためにやったこと
- 授業についていけず泣いた日
- 3000番台を取ってしまった経緯
- トライの動画で高校の科学を復習
- 英語力が変わり始めた3ヶ月目
- グループ会話の難しさと「3人まで」の限界
- 毎日少しでも英語に触れる









