アメリカ留学4年目の実体験|コミカレから4年制、奨学金、州による違い

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ビジネス専攻でアメリカに渡った人が、途中でパイロットを目指すことにしたそうです。4年制大学への編入で出願したのは1校だけ。「それで落ちたら、パイロットはなるなよってことだと思って、吹っ切れてました」と話されていました。

最初のコミュニティカレッジはカリフォルニア。2年間を過ごした後、パイロット訓練のためにテネシー州へ引っ越しています。同じアメリカなのに「ほとんど違う国みたい」だったと言います。フライトの訓練費は授業料とは別で、2ヶ月で150万円が消えたこともあったそうです。

専攻も、住む州も、お金の工面のしかたも、4年間のあいだに何度も変わっている。それでも「帰りたいと思ったことは一度もない」と言い切っていたのが印象的でした。

今回お話を聞いたのは、富山からアメリカに渡りパイロットを目指す、たけうちこうきさんです。(2025年12月取材)

INTERVIEW GUEST たけうち こうき

たけうち こうき さん

「結局、自分自身がどうするかによると思う」

出身 富山県
渡米 2021年〜
在籍校 MTSU(テネシー州)4年生/ パイロット専攻
経歴 高校 → NIC → OCC → MTSU

こうきさんは富山県出身で、取材時はテネシー州のミドルテネシーステイトユニバーシティ(MTSU)の4年生です。専攻はプロフェッショナル・パイロット。毎日フライト訓練をしながら、SNSの発信やDJ活動も並行して続けているそうです。

留学を決めたきっかけから、カリフォルニアでの2年間、テネシーへの編入、お金の話、2つの州で感じた生活や文化の違い、辛かった時期のこと、そしてこれからの話まで、聞かせてもらいました。

IMAGE: こうきさん提供
IMAGE: こうきさん提供
目次

留学を決めるまで

ボストンで見た景色と、日本の大学で感じたこと

こうきさんの家族には外国の方がいたり、従兄弟が留学していたりと、海外が身近にある環境だったそうです。旅行でも海外に行く機会が多かったと話されていました。

ただ、留学を具体的に考え始めたきっかけは、高校時代のボストン研修だったと言います。1ヶ月間のホームステイで、現地の学校に通い、ハーバード大学やMITも見学する機会があったそうです。

Koki

海外の大学の生活ってこういうのかって、実際に行ってみないと分からない部分を発見したんですよね

この研修と並行して、シドニーへの交換留学も決まっていたとのこと。ロータリークラブのプログラムに合格し、費用の補助も受けられる予定だったそうです。しかし、コロナの影響でキャンセルになってしまったという話でした。

その後、日本の大学に進学。ただ、そこでの経験が、留学への決断を後押しすることになったようです。

教授と喧嘩したんですよ。僕がやりたかったことが宇宙に関係することで。いい気づきにもなったんですけど、日本の大学は合わないのかなって

ボストンでの体験と、日本の大学で感じたこと。この2つが重なって、アメリカへの進学を決めたそうです。

「いいんじゃない」と言った両親

留学を家族に伝えた時の反応を聞いてみると、こうきさんは「軽かった」と振り返っていました。

「あ、いいんじゃない」みたいな感じでした

ご両親は放任主義で、やりたいことをやらせてくれる家庭だったそうです。ただ、完全にノーチェックだったわけではなく、「何のために行くのか」という理由は問われたとのこと。

コロナ禍があって、大学でこういうことがあってとか、そういう一連の流れも僕の親は見てたので、説明せずともまあいいんじゃないっていう感じだったんだと思います

学費についても、当時予定していた日本の私立大学と比べて「あまり差がなかった」ことが、話を進めやすかった背景にあったようです。少なくともコミュニティカレッジの最初の2年間は、金額的に大きく変わらなかったと話されていました。

治安面の心配については、言葉にはされなかったそうですが、「してたのかなとは思う」とのこと。送り出す時には「気をつけて頑張ってこい」と言われたそうです。

東京での1年間とカリフォルニアのコミュニティカレッジ

NICで過ごした1年間

コロナの影響で渡航ができない状況だったため、こうきさんはまずNICという機関に通ったそうです。新宿にあるキャンパスで、東京にいながら海外の大学の単位を取れるプログラムがあったとのことでした。

ビザや手続きについても、NICのスタッフがサポートしてくれたそうです。

そこの人たちはもうプロフェッショナルなんで、卒業生をもう何十年もずっと出してるし。ビザから情報から全部サポートしてもらいました

留学の情報をSNSやYouTubeで集めていたかと聞くと、「全く見ていなかった」という答えでした。英語のスラングを学ぶためにYouTubeは見ていたそうですが、留学そのものの情報はNICからもらったもので十分だったと振り返っています。

現地の情報についても、「行ってから分かるだろう」という気持ちで、あまり事前には集めなかったそうです。

「1番楽しい時期だった」カリフォルニア

IMAGE: Orange Coast College

NICでの1年間を経て、こうきさんはロサンゼルスのOCC(オレンジコーストカレッジ)というコミュニティカレッジに進学しました。

渡米前には不安もあったそうです。「人種差別に遭うんじゃないか」といったことも考えていたと言います。ただ、実際に行ってみると、その心配は杞憂だったようです。

全然そんなこともなく、1番楽しい時期でしたね

到着した初日、こうきさんは寮を1周して友達を100人ほど作ったと話していました。

最初からコネクションは広げようと思ってたんで。アメリカにダイブするっていう気持ちでした

「日本から来た」と言うと、周りが興味を持ってくれたそうです。アニメや日本文化への関心が高く、話題に困ることはなかったとのこと。その後は生徒会に入ったり、キャンパス内で仕事をしたりして、自然と人間関係が広がっていったと言います。

渡米してから2年間は、帰りたいと思ったことが一度もなかったそうです。

楽しすぎて、日本に戻った方がおもんないやろうなと思ってました

【編集者の視点:最初の2週間の動き方】

到着直後に寮を一周して一気に友達を作る行動力は、国や学校を問わず、留学生活の質を大きく左右する「初動」だと思います。

私の周りでも、最初の数週間でどれだけ自分から話しかけに行ったかが、その後の孤独感や情報量に直結しているケースが多いです。

IMAGE: こうきさん提供

ビジネスからパイロットへ。専攻を変えて4年制大学に編入した話

編入先を探して、テネシーに決めるまで

コミュニティカレッジではビジネスを専攻していたこうきさんですが、途中でパイロットに専攻を変えています。

4年制大学への編入にあたっては、5校ほど候補があったそうです。複数の州にまたがる選択肢の中から、パイロット訓練の効率を考えて、最終的にテネシー州のMTSUに絞って出願したとのこと。

5校の候補がありながら、出願したのはMTSUだけだったそうです。コミュニティカレッジでの成績や課外活動に手応えがあったことが、その判断の背景にあったようです。

GPAも満点でしたし、課外活動も人一倍やってたんで。落ちるわけないだろうと思ってました

とはいえ、ビジネスからパイロットに専攻を変えているという点は気がかりだったと言います。

それで落ちたら、「パイロットはなるなよ」ってことかなと思って、吹っ切れてました

もし落ちた場合は、ビジネス専攻のままUCLAに行くプランもあったそうです。

結果は、合格。さらに2ヶ月後には「あなたは特待生です」という通知も届いたとのことでした。

「嘘はつくな」——エッセイで意識したこと

出願にあたっては、コミュニティカレッジからのトランスファー書類やエッセイの提出が必要だったそうです。エッセイは約3,000ワードで、準備期間は1ヶ月ほど。添削は、ルームメイトのアメリカ人に見てもらった程度だったとのことでした。

最も意識したのは、ビジネスからパイロットへの専攻変更をどう説明するかだったそうです。入学審査の側からすれば、一番突っ込みたい部分だろうと考え、そこを避けずにエッセイの中心に据えたと話されていました。

これからエッセイを書く人へのアドバイスを聞くと、「嘘はつくな」「盛らずに、ありのままを見せた方がいい」という答えでした。

【編集者の視点:エッセイでごまかさない勇気】

専攻変更という「突っ込まれやすいポイント」から逃げずに、あえてエッセイの中心に据えた姿勢は、どの国の出願でも通用する戦略だと感じます。

私も書類を書くとき、「かっこよく見せる」より「なぜその選択をしたのかを具体的に説明する」ほうが、結果的に説得力が増すと痛感しています。

カリフォルニアとテネシー。2つの州で感じた違い

IMAGE: Middle Tennessee State University

「別の国みたい」だったテネシー

カリフォルニアからテネシーに移った時、こうきさんは2度目のカルチャーショックを受けたそうです。

めちゃくちゃ感じましたね。2回カルチャーショック受けてるみたいな。ほとんど違う国みたいな感じです

カリフォルニアは移民が多く、多国籍な環境だったとのこと。一方、テネシーはアジア人の割合が0.1%以下で、チャイナタウンもない。周りはほとんど白人で、珍しがられることが多かったと言います。

人種差別ではないけど、「別」に見られてる感じはしてましたね

音楽の嗜好も大きく違ったそうです。テネシーではカントリーミュージックが主流で、DJをやっても盛り上がらない環境だったとのこと。DJの仕事をする時は、ロサンゼルスに戻ることもあったと話されていました。

政治的にも保守的な地域で、多文化的とは言いにくい空気があったそうです。

ロサンゼルスとテネシーとの距離と時差をを示した地図

到着して驚いたこと

カリフォルニアに初めて到着した時の印象も聞いてみました。

まず驚いたのは、大麻の存在だったそうです。来て2日目には、目の前の人が持っているのを見かけたとのこと。日本では見たこともなかったものが、すぐそこにある環境だったと振り返っていました。

食事についても、最初の外食の印象は良くなかったそうです。

麺を茹でてトマト缶をかけただけみたいなのが3,000円。いやこれマズすぎでしょって

量も多く、「背がでかくなるなと思った」とのこと。ただ、こうきさん自身は体型がほとんど変わらず、むしろ痩せたそうです。

授業中の文化の違いも印象的だったと言います。昼ご飯を食べながら授業を受ける学生がいたり、机に足を乗せている人がいたり。教授も特に何も言わない。最初は驚いたそうですが、今は慣れたとのことでした。

アメリカだなと思いましたね。気を使わなくていいっていう部分では、結構楽ですけどね

キャンパスで銃撃事件が起きた日

テネシーの治安はあまり良くないそうです。こうきさんが通う大学のキャンパスで、銃撃事件が起きたこともあったと言います。

学校で銃撃事件が起きたことがありますね。みんな逃げてる動画とか撮ってました

夜の外出は基本的に車移動で、「歩いて出ると危ないと思う」とのこと。ただ、こうきさん自身が襲われた経験はないそうです。

本当に良くないんですけど、慣れちゃってますね。もうそんなんばっかなんで

カリフォルニアにいた頃は治安面で困ったことはなかったとのことで、同じアメリカでも州によって状況が大きく違うことがうかがえました。

お金のこと

「できるだけ親には頼りたくなかった」

留学の準備で1番大変だったことを聞くと、「金銭面」という答えでした。できるだけ親に頼らず、自分の力でやりたいという気持ちがあったそうです。

できるだけ親には補助してほしくなかったんで。自分の力でやりたいと思ってました

最初はさすがに出してもらったと言います。円安の影響もあり、自力だけでは難しかったとのこと。ただ、生活に慣れて自分で収入を得られるようになり、奨学金も獲得できたことで、1〜2年目からは自分でやりくりできるようになっていったそうです。

取材時点ではテネシー州のシェアハウスで、パイロット仲間4人で暮らしているとのこと。生活費は月1,000ドル前後で、食事は100%自炊だそうです。

今住んでるところ本当何もないんで、ファストフードしかないし。食べたいとも思わないから全部自炊してます

在籍校の奨学金で特待生になった話

こうきさんは、留学中にいくつかの奨学金を獲得しているそうです。いずれも在籍校から提供されたもので、成績や課外活動が評価されて受け取ったとのことでした。MTSUへの編入時には特待生にも選ばれ、座学の授業料が免除されているそうです。

2ヶ月で150万円が消えたフライト訓練費

学費や生活費とは別に、パイロット専攻ならではの大きな出費がフライト訓練費でした。

フライト代は授業料と別なんですよ。2ヶ月で150万とか、普通にいきます

この費用には、テレビ番組「令和の虎」で獲得した資金や奨学金を充てたそうですが、「消えました」と話されていました。

辛かった時期と、これからの話

1番辛かったのは恋愛だった

留学生活の中で1番辛かった時期を聞くと、意外な答えが返ってきました。

恋愛ですかね、やっぱり。思うようにいかなかったですね

文化や価値観の違い、言語の壁。最初の頃は英語力が追いついておらず、アプローチすらできなかった時期もあったそうです。その後、彼女ができてからも色々なことがあったと話されていましたが、詳しくは語らず、「アメリカンなドロドロな恋愛をしてきた」と表現されていました。

こうきさんは、モチベーションの上下が激しいタイプだそうです。落ち込んだ時にどうしていたかを聞くと、こう答えていました。

成功した自分の姿を考えるかな。結局、自分自身がどうするかによると思うので

仲のいい友達には相談するとのことですが、最終的には自分で立て直す、という考え方のようでした。

「もう自分しかいないんで」

留学を通じて自分が変わったと感じる部分を聞くと、「自己解決能力」という答えでした。

自己解決能力ですね。もう自分しかいないんで。どんなトラブルに巻き込まれても結局自分でやらないといけないから

アメリカ人のクラスメートは困った時にすぐ親に電話して助けてもらえる。でも、こうきさんにはその選択肢がなかったと言います。車の故障、寮の退去を巡る金銭トラブル、履修していた授業の教授が亡くなり授業ごとなくなってしまったこと。さまざまなトラブルを自分で対処してきた経験が、今の自分を作っていると感じているそうです。

日本に帰って気づいたことは、同じ年の人間よりも成熟してる。すごい感じますね

【編集者の視点:自己解決能力は留学最大の副産物】

トラブル続きの4年間を通じて「もう自分しかいない」と腹を括る感覚は、多くの長期留学生が口をそろえて挙げる成長ポイントだと思います。

現地では、些細な手続きや生活トラブルも含めて、親や学校に丸投げできないからこそ、「まずは自分で調べて動く」姿勢が自然と身についていきます。

パイロット、SNS、DJ。3つの軸で考えるこれから

卒業後のキャリアについても聞いてみました。

まずはOPTという制度を使って、プライベートジェットのパイロットになることを目指しているそうです。テネシーからはLAかハワイに戻りたいと考えているとのこと。「日本に近づきたい」という気持ちがあり、将来的には日本に行く便のパイロットになりたいと話されていました。

そこからアメリカのエアラインに就職したいなと思ってます。それか、日本のエアラインに入ろうと思ってます

パイロットの仕事と並行して、SNSの発信やDJ活動も続けていく考えだそうです。

パイロット、SNS、DJ。その3つの軸をさらに伸ばしていければと思ってます

最後に、これから留学を考えている人に向けてメッセージをお願いしました。

明確な目標を持って、自分が何をしたいか常に問い続けて。何があってもめげずに、自分の成長のためだと思って留学生活を送ってほしいです

続きの記事について

こうきさんは、5校の候補からテネシーのMTSUを選んで出願しています。この記事では「パイロット訓練の効率を考えて選んだ」とお伝えしましたが、話を聞いていくと、その判断の裏にはもう少し込み入った事情がありました。

カリフォルニアを離れなければならなかった理由、フロリダを候補から外した理由、そもそも5校をどういう基準で絞ったのか。そのあたりの話は、この記事だけでは伝えきれませんでした。

お金の話も同じです。奨学金で特待生になったこと、月1,000ドル前後で生活していることはお伝えしましたが、奨学金がいくらだったのか、生活費の内訳はどうなっているのか、銀行口座やクレジットカードを作る時に何が起きたのか。こうきさんが4年間で実際にどうお金を工面してきたのか、具体的な数字や経緯についても聞いています。

続きの記事では、学校選びとお金の話に加えて、ビザに関するトラブル、授業の受け方、住居の探し方、そして「留学は逃げ」という言葉についてこうきさんがどう感じていたかについても聞かせてもらいました。

続きの記事で扱っていること
  • 渡航前の英語と、NICでの1年間
    • 基準点は余裕で超えていた。それでも受け続けた理由
    • 東京のクラブに通っていた話
  • コミュニティカレッジと4年制大学の選び方
    • 条件を3つ並べたら、1校しか残らなかった
    • カリフォルニアを離れなければならなかった理由
    • エッセイで最初に書いたこと
  • 4年間のお金の工面
    • 生活費の内訳と、月1,100ドルの中身
    • 3つの学校で、3回もらった奨学金の話
    • 日本の私立大学と比べて差がなかった話
    • クレジットスコアがないと、家が借りられない
  • ビザに関するトラブル
    • 11単位になった日
    • 同じビザなのに、州が違うと対応が変わった話
    • 強制送還になった3人の話
  • 授業の取り方と英語の壁
    • 日本の高校で習った数学が、そのまま使えた話
    • 履修を組む前に必ずチェックしていたこと
  • テネシーでの住居の探し方
    • パイロット仲間4人のシェアハウス
    • 寮を出る時に揉めた話
  • 「留学は逃げ」と言われたら
免責事項
  • 個人差について
    留学の費用、手続き、体験は個人によって大きく異なります。本記事に記載されている金額や手続きは一例であり、実際の費用や条件は学校・専攻・地域・時期によって変動する可能性があります。
  • 制度・法律の変更
    ビザ制度、奨学金制度、就労規則などは変更される可能性があります。本記事の情報は執筆時点のものであり、最新の情報については各機関の公式サイトや専門家にご確認ください。
  • 専門家への相談
    留学に関する重要な判断(ビザ申請、専攻選択、進路決定など)を行う際は、必ず専門家(留学エージェント、ビザ専門家、学校のアドバイザーなど)に相談することをお勧めします。
  • 責任の範囲
    本記事の内容に基づいて行った判断や行動により生じた結果について、当メディアおよび執筆者は一切の責任を負いかねます。最終的な判断は読者ご自身の責任において行ってください。
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この記事を書いた人

現在、海外大学に正規留学中です。
留学をして強く感じたのは、「情報の量より、信頼できる声が大切」ということ。Go Beyond Borders は、一人でも多くの人が、自分の可能性を信じて一歩踏み出せるように。そんな想いで記事を書いています。

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