「将来的にどっちの方が人生楽しそうかと考えたら、絶対留学した方が経験値が積み上がるから、人生の価値が上がると感じて、留学しようと決めました。」
まだ将来の夢が確定していたわけではありません。それでも、知り合いに誘われて行ったアメリカ旅行で大学を見学し、想像していた大学生活とのギャップを感じたことが、この決断のきっかけでした。
旅行から戻ると、すぐに両親と先生に「推薦を取り消して、アメリカの大学に行きたい」と伝えます。推薦入試のわずか1週間前のことでした。
今回お話を聞いたのは、高校卒業後にマレーシアへ進学し、自分なりのルートで学びを続けている小泉新さんです。進路を大きく変えることになった、その決断の裏側にあった思いについて聞きました。
推薦を取り消し、海外進学を決めたあらたさんですが、その道のりは順調に進んだわけではありませんでした。
行けるはずだった進路をあえて手放し、別の道を選ぶことになった背景には、思いだけでは決められない事情があったといいます。
それでも大切にしていたのは、「海外で学ぶ」という目的でした。将来の選択肢を見据えながら進路を考え直していったその判断には、どんな思いがあったのでしょうか。
高校3年の夏から始まった進路選択の過程について聞きました。

スタンフォードを見て、推薦を取り消した
受験期真っ只中、1週間前にパスポートを取ってアメリカへ
あらたさんが留学を意識し始めたのは、高校3年の夏でした。きっかけは、知り合いに誘われて行ったアメリカ旅行です。
その知り合いはもともとアメリカに住んでいた人で、仕事の関係で渡米することになり、「もしよかったらついてくるか」と声をかけてくれたそうです。
誘われたのは出発の直前。受験期の真っ只中という時期でしたが、1週間前にパスポートを取得して渡米することを決めました。
結構急に言われて、一週間前とかにパスポートを取ったんですけど、行ってみる価値はあるかなと思いました。
もしかしたらアメリカに一生に一回行けるか分からないし、もともとアメリカが好きだったというのもあります。自分の英語の実力も英語圏で試してみたいなと思いました。
費用は基本的に自分で出したそうです。航空券は自腹で、宿泊費は知り合いの知り合いの家に泊めてもらうことで無料に。一部は親からも出してもらいながらの旅行でした。
受験勉強を中断してアメリカに行く。普通に考えればリスクのある選択ですが、「行ってみる価値がある」と判断したあらたさんは、このアメリカ旅行でUCバークレー(カリフォルニア大学バークレー校)とスタンフォード大学の2校を見学することになります。
「日本の大学生のイメージと違った」
最初は旅行感覚だったと振り返ります。しかし、実際にキャンパスを歩いてみると、想像していた大学生活とのギャップを感じたそうです。
キャンパスの雰囲気だったり、生徒の過ごし方を見て、説明するのは難しいんですけど、自分が思っていた日本の大学生の生活イメージとのギャップがありました。
アメリカの過ごし方の方が、自分的には大学生らしい過ごし方で、ちゃんと勉強もしつつという両立が、アメリカの学生の方ができているなとも思いました。
スタンフォード大学を訪れた時、留学という選択肢が急に浮かんできたと言います。それまで留学は考えたこともなかったそうですが、目の前の光景を見て、「留学した将来の自分」と「日本の大学に行った将来の自分」を比較するようになりました。
将来的にどっちの方が人生楽しそうかと考えたら、絶対留学した方が経験値が積み上がるから、人生の価値が上がるという風に感じて、留学しようと決めました。
まだ将来の夢が確定していたわけではなかったそうです。それでも、どちらの道を選んだ方が人生が楽しそうか。その直感を信じて、留学を決意しました。
帰国後すぐに推薦を取り消し、両親には反対された
帰国後、あらたさんはすぐに行動を起こしました。日本に帰る飛行機の中でも考え続け、帰国してすぐに両親と先生に「推薦を取り消して、アメリカの大学に行きたい」と伝えたそうです。
推薦入試のわずか1週間前のことでした。
しかし、両親の反応は「反対」だったと言います。費用がかかること、出願直前という時期、そして何より、あらたさん自身が将来のビジョンをまだ固められていなかったことが理由でした。
その時は自分がちゃんと将来どうしたいかとか、自分がどういうふうに生きていきたいかというのがちゃんと固まっていなかくて…その状態でいっぱいお金を出すというのはできないから、
「最低限どういうふうにアメリカで過ごして、将来どういうふうに働いていくかというビジョンはしっかり立ててくれ、それで判断」
すると言われました。
最終的には、自分なりのビジョンを伝えて許可をもらったそうです。この時点では、留学先としてアメリカを想定していました。
アメリカではなくマレーシアを選んだ理由
「ギリギリ行けそう」から「やっぱり厳しい」へ
留学を決意してからは、英語の勉強に集中しました。TOEFLを2回受験し、アメリカのコミュニティカレッジ(2年制大学)の入学基準をクリア。実際にオファーレターも受け取りました。
コミュニティカレッジを経由して4年制大学に編入するルートであれば、学費を抑えられる。そう考えて両親にも説明し、「ギリギリ行けそう」という話になっていたそうです。
しかし、よくよく計算してみると、状況は変わりました。学費だけならなんとかなりそうでも、生活費まで含めると話が違う。しかも、あらたさんが準備を進めていた時期は、アメリカの物価が上昇していた時期でもありました。
あらたさんは自分の家庭を「日本の中で言ったらどちらかと言うと一般的な家庭の方に近い」と表現しています。細かく計算してみた結果、直接アメリカに行くことは断念せざるを得なくなりました。
アメリカを諦めた数日後、父から新しい提案があった
アメリカ行きを断念した数日後、父親から新しい提案がありました。マレーシアの大学からアメリカに編入できるルートがあるらしい、と。
調べてみると、マレーシアのサンウェイ大学にはADTP(American Degree Transfer Program)というプログラムがあることがわかりました。
マレーシアで2年間学んだ後、アメリカの大学に編入できる仕組みです。マレーシアの物価の安さを活かしながら、最終的にはアメリカの学位を取得できるルートとして知られています。
あらたさんはマレーシアについて調べ始めました。物価が安いこと、教育レベルが高いこと。調べるほどに「コスパがいい」と感じたそうです。
もともとアメリカに行くことが目的ではなく、海外で学ぶことが目的だった。その意味では、マレーシア経由というルートも十分に選択肢になり得ました。


「編入できなくても学位は取れる」という安心感
マレーシアの大学を検討する中で、テイラーズ大学も候補に挙がっていました。しかし最終的にサンウェイ大学を選んだ理由は、コストと「保険」の2点だったと言います。
テイラーズはサンウェイより年間で数十万円ほど高かったそうで、それに加えて、サンウェイはアメリカの大学と提携していて、仮に編入がうまくいかなかった場合でも、マレーシアにいながらアメリカの大学の学位を取得できる仕組みがあるそうです。
アメリカ編入を目指しつつも、万が一の場合の選択肢を残しておける。この「保険」の考え方が、大学選びの決め手になったよう。
あらたさんは今も「親からの投資に近い感覚で留学に来ている」と話しています。だからこそ、リスクを最小限に抑えながら、最大限のリターンを目指す選択をしたのかもしれません。
出願から渡航までの流れ
英語が苦手だった自分が、4ヶ月でTOEFLをクリアするまで
あらたさんは「元々英語が苦手だった」と話しています。TOEFLの1回目は43点で、高校3年の9月か10月頃に受験したそうです。そこから約4ヶ月後の1月に2回目を受験し、60点を取得しました。
勉強時間は1日8時間以上を目標にしていたとのこと。特に単語の暗記に力を入れていたそうです。
最初は本当にひたすら単語を詰め込みまくって、共通テストも最低8割以上、リスニングとリーディングどっちも絶対取れるようにしようという感じでした。
その基準点が取れるようにしてからTOEFLを受験したという感じです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| TOEFL 1回目 | 43点(高3の9〜10月頃) |
| TOEFL 2回目 | 60点(約4ヶ月後の1月) |
| 勉強時間 | 1日8時間以上を目標 |
| 重点 | 単語の暗記 |
単語帳にイラストを書いたり、単語の構成要素にスラッシュを入れて目印をつけたりと、自分なりの工夫をしていたそうです。「2秒以内に翻訳できないものは覚えていないとみなす」というルールを設けて、ひたすら反復していました。
リーディングとリスニングの対策は、YouTubeで勉強法を調べながら進めたとのこと。TOEFLは共通テストとは傾向が全く違うため、どう対策すればいいかわからなかったそうですが、いろいろな動画を見て自分に合う方法を模索していったそうです。
使っていた教材は、TOEFLの単語帳、総合対策本、過去問の3点セット。特定のお気に入りの教材があったわけではなく、基本的なものを繰り返し使っていたようです。
留学を決めてからも、高校の成績は維持する必要がありました。出願時に高校のGPA(成績評価の指標)が求められ、それが奨学金にも影響するためです。共通テストは受けませんでしたが、「他の教科もできるだけ平均点以上は絶対取れるように」勉強を続けていたと言います。
合格通知が届いたのは、渡航のわずか1ヶ月前だった
出願のスケジュールは、かなりギリギリだったようです。時系列を整理すると以下のようになります。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 高3の夏 | アメリカ旅行、留学を決意 |
| 高3の9〜10月 | TOEFL 1回目(43点) |
| 高3の1月 | TOEFL 2回目(60点)、マレーシアという選択肢を発見 |
| 高3の1〜2月頃 | アメリカのコミュニティカレッジに出願、オファーレター取得 |
| その後 | 費用計算の結果、アメリカ直行を断念、コミカレのオファーを取り消し |
| 5月頃 | サンウェイ大学に出願 |
| 7月頃 | 合格通知 |
| 8月末 | マレーシアに渡航 |
合格から渡航まで約1ヶ月しかありませんでした。
バタバタしていたというよりかは、出願するのが周りと比べて遅めだったと思うので、大学からの返事もちょっと遅い方だったし「大丈夫なのかな?」、「間に合うのかな?」みたいな、心の焦りはちょっとあったと思います。
サンウェイ大学は通常IELTS(英語能力試験)のスコアで入学しますが、あらたさんはTOEFLのスコアしか持っていませんでした。
これ以上英語の試験を受けたくないという思いもあり、留学エージェントを通じて大学と交渉。結果として「ファウンデーションコースからなら特別枠として入学していいよ」という形で合格を得たそうです。
出願に必要だったのは、TOEFLのスコアと高校の成績をGPA換算したもの。エッセイは書いていないとのことでした。
出願に必要だったもの:
- TOEFLのスコア
- 高校の成績(GPA換算)
- エッセイは不要(書いていない)
本当はユニバーシティ(学部)から入学できれば費用を抑えられると考えていたそうですが、結果的にファウンデーションコースを経由することになりました。ただ、あらたさんはこれをポジティブに捉えています。
結局アメリカに編入するってなったらユニバーシティのGPAが大事なので、高いGPAを取ることを考えたら、ファウンデーションを経由した方が確実に高いGPAを取れるなと思ったので、ファウンデーション経由するという考えになりました。
もしサンウェイに進学できなかった場合は、日本でバイトを続けながらインテーク(入学時期)を遅らせるか、1年延ばしてテキサスのコミュニティカレッジに行くことも考えていたそうです。
マレーシアでの生活
日本より安い、でも最初は「これでやっていけるのか」と不安だった
現在のあらたさんの生活費は、月8万円程度だそうです。日本で一人暮らしをするよりもかなり安く抑えられていて、外食も日本より安く済むとのこと。
送金や支払いの方法も工夫しながら、この金額でやりくりしていると話していました。現地の銀行口座は開設せず、日本から送金できるサービスを使って生活しているそうです。通信費も安く抑えられていて、日本と比べると格段に安いと感じているようです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 月の生活費 | 約8万円 |
| 日本との比較 | 一人暮らしよりかなり安い。外食も日本より安く済む |
| 送金・支払い | 現地口座は開設せず、日本から送金できるサービスを利用 |
| 通信費 | 日本と比べて格段に安い |
ただ、最初から「安くて快適」だったわけではありません。
寮に入った瞬間、「4年間大丈夫かな」と思った
マレーシアに到着した最初の1週間、あらたさんは「帰りたい」と思ったそうです。
理由は清潔感でした。
自分が今まで行った国の中では、清潔感という点に関してはワーストだなという風に感じました。特に寮に入った時にはそう感じて、「これから4年間大丈夫かな」、「やっていけるかな」という不安はありました。
寮の部屋は写真で見たイメージと違い、清潔感がなかったそうです。道端にはゴキブリがいることもあり、虫が苦手なあらたさんは「本当に嫌だ」と感じ、親に連絡していた記憶があると話していました。
ただ、最初の数日はサポートがありました。エージェント経由で紹介された先輩が買い出しに連れて行ってくれたり、おすすめの店を教えてくれたり。寝具やシャンプー、食器など、生活に必要な最低限のものを揃えながら、1週間を過ごしたと言います。
今は慣れてきたとのこと。食べ物については「全然美味しい方」と感じているそうです。


気づいたら周りは留学生だらけだった
マレーシアに来て良かったと感じる点について聞くと、多民族国家であることを挙げていました。
マレーシアは多民族国家なので、本当にいろんな国から留学生が集まってきていて、そういう意味では自分も周りに留学生の友達がたくさんいます。
コミュニティが国を越えてだんだん広がっていっているんじゃないかなという感覚があります。
サンウェイ大学はマレーシア人が多いそうですが、あらたさんの周りにはロシア人や韓国人など、留学生が多いとのこと。人種の割合はアメリカとは違うものの、「サラダボール的な、若干アメリカに近い部分がある」と感じているそうです。
日本人は大学内で少数派らしく、「結構好かれているんじゃないか」と話していました。いきなり話しかけられることも結構あるそうです。人種差別を受けた経験は一度もないとのことでした。
ファウンデーションコースの授業と課題
語学学校ではなく、普通に大学の授業を受けている感覚
ファウンデーションコースは、語学を学ぶというよりも、数学やクリティカルシンキングなど複数の教科を履修登録するスタイルだそうです。イメージとしては大学の授業に近いとのこと。
ディスカッションは多いと言います。先生が前で話すスタイルがメインですが、途中からディスカッションになることもあるそうです。
教授との距離は近いと感じているようです。
僕はわからないことがあったらすぐ質問しに行ったりするタイプなので、結構自分で言うのもアレなんですけど、多分教授みんなから気に入ってもらえているんじゃないかという感じです。
授業終わりだけでなく、授業中でも教授が教室を回っている時に捕まえて質問しているそうです。
「半分落としたら終わり」というプレッシャー
課題の量は想像以上だったと言います。コースワーク(課題やテスト)が頻繁にあり、1ヶ月を過ぎたあたりから課題が増え始め、忙しい時期は毎週何かしらの課題が入っていたそうです。
課題の種類は様々で、エッセイ、プレゼン、テストなど。1セメスター(学期)目は教科数も多く、「結構しんどかった」と振り返っていました。
サンウェイのファウンデーションコースには、コースワークで一定の基準を下回るとファイナルエキザム(期末試験)を受けられず留年するというルールがあります。
日本の大学ではありえないかも。コースワークを半分以上落としてしまうと、ファイナルエキザムすら受けられなくて留年するみたいなのがあったので、そこをどうパスするか、パスする厳しさという感じです。
日本の大学に行ってる友達とかとも結構話すんですけど、話している時に結構こっち(マレーシア)はしんどいなという感じで、日本と違うなと感じます。
毎週頑張らないといけない環境。日本の大学に通う友達と比べると、厳しさを感じることが多いようです。
何を言っているかわからない、会話が止まってしまう
言語面で最初に苦労したのは、マレーシア訛りの英語「マングリッシュ」の聞き取りでした。英語のスピード自体は問題なかったものの、訛りが強くて聞き取れないことが多かったそうです。
最初は授業についていけるか不安で、AIツールを使って授業を録音し、内容を要約してもらっていたそうです。慣れるまでの間、このツールに助けられたと話していました。
現在はある程度聞き取れるようになり、契約は解除しています。ただ、ディスカッションの場面では今でも聞き返すことがあるそう。特に中華系のマレー人と一緒になった時は、訛りが強くて会話が止まってしまうことがあると話していました。
もう一つ苦労したのは、長いエッセイを書く課題でした。TOEFLの対策では短いエッセイしか書いていなかったため、急に長い文章を求められて戸惑ったそうです。どうやって文字数を埋めればいいかわからなかったと振り返っていました。
友達との日常会話では特に苦労していないそうです。自分の英語が伝わらないこともあるものの、「なんとかやれている」とのことでした。
友人関係と現地での生活
最初に話しかけた子が、結局一番仲良くなる
友人関係について聞くと、オリエンテーションよりも授業での出会いが大きいと話していました。
サンウェイはオリエンテーションが3日間あるんですけど、初日は色々アクティビティをやって交流したりして、残りの2日間はひたすら大学の説明を受けて終わりみたいな感じでした。
オリエンテーションでいろいろ話した子はいたものの、結局今はあまり話していないそうです。本当に仲良い子は、授業で最初に話した子が基本になっていくと言います。
SNSをやっている関係で、日本人から声をかけてもらうことも多いそうです。そこから友達になった子も何人かいるとのこと。現在は日本人コミュニティの運営側にも参加しています。
どの国の人と話すことが多いか聞くと、「割合だけで言ったら韓国人が多い」とのこと。ただ、サンウェイ自体に韓国人が多いわけではなく、たまたま出会った人たちがそうだったようです。授業や友達の友達経由で仲良くなっていくそうです。
「辛くないよ」と言われたものが、辛かった
文化の違いで驚いたことを聞くと、いくつかのエピソードを話してくれました。
数学の授業で「日本人て数学どれぐらいできる?」と聞かれたことがあるそうです。サンウェイ大学では計算機を使ってもいいルールがあり、みんな計算機を使っている中、あらたさんは暗算で解いていたら驚かれたとのこと。
食事面では、辛い物が好きな現地人が多いことに気づいたそうです。一緒にご飯を食べに行った時に「辛くないよ」と言われたものが辛かったこともあったと笑っていました。
道を歩いていると誰も避けてくれないこともあるそうで、「そこは日本と違うなと感じます」と話していました。
ディスカッションで中華系の子が多い時は、英語で話しているのに相手が中国語で会話し始めることがあり、「配慮してほしいなというのは結構あった」と言います。
| 場面 | 違い・驚き |
|---|---|
| 授業 | 計算機OKのルールでみんな計算機使用。暗算で解いたら「日本人て数学どれぐらいできる?」と驚かれた |
| 食事 | 辛い物好きの現地人が多い。「辛くないよ」と言われたものが辛かったことも |
| 道 | 歩いていると誰も避けてくれない(日本と違う) |
| ディスカッション | 中華系の子が多い時、英語で話しているのに相手が中国語で会話し始めることがある |
盗難や事故はない、でも夜は気をつけている
治安について聞くと、「基本的には良い」との回答でした。盗難や事故に遭ったことはないそうです。
ただし、野良犬については注意が必要だと言います。あらたさんは夜中に歩いていた時、野良犬に襲われた経験があるそうです。幸い大事には至らなかったものの、かなり怖い経験だったとのこと。
それ以来、夜は犬が溜まるエリアを避けるようにしているそうです。
留学生活の中で一番辛かった出来事を聞くと、この野良犬の件を挙げていました。勉強や人間関係よりも、予想外の出来事が一番堪えたようです。


留学を通じて変わったこと
鬱にはならなかった、むしろ一人が楽だった
留学生活の中で気持ちやモチベーションが落ちた時期はあったか聞くと、「基本ないですね」との回答でした。
僕は鬱になったりとかというのはなかった。海外慣れはしている方だし、どっちかというと「もう早く親元離れたい」とかというのはあった人間だから、鬱とかもメンタル的にも基本は大丈夫みたいな。
もともと海外には何度か行っていたそうで、アメリカや台湾などを訪れた経験があるとのこと。外国人と話すことには慣れていたため、緊張もあまりなかったそうです。
落ち込むというより、テストや課題に追われている感覚の方が強いと言います。リフレッシュ方法を聞くと、「部屋でずっと音楽を流しっぱなし」と話していました。
いろんなことに動じなくなった
成長を感じる部分について聞くと、精神的な面を挙げていました。
精神的には結構成長した部分があるのかなと思います。ファイナルというか勉強がきついのもそうだけど、今までなんとかパスできてきているし、
もうこの留学、海外で高校卒業したての子が生活できているという事実が、結構すごいことなんかなという風には、それ他の子もそうですけど、思っているので。
厳しい環境の中でもなんとかやってこれている。その事実が自信につながっていると言います。
結構そういうふうに考えて過ごしていたら、あんまりいろんなことに動じなくなったというか、怖いものなしになったというか、自信はついていると思います。
一方で、当たり前が変わった部分もあるそうです。中高一貫で6年間一緒に過ごした友達とは仲が良く、今も電話はするものの、日本にいる友達が帰省して集まっている時に自分だけいないのは「ちょっと寂しい」と話していました。海外に行ったのは同級生の中で自分だけだそうです。
会社で働くより、自分のスタイルで生きたい
将来のキャリアについて聞くと、在学中に何か1つ事業を起こしたいと話していました。
留学斡旋とか何かしらの事業を起こしたいなと思ってます。
もしできるなら、僕はあんまり会社で働くとか、就職というのがあんまり好きじゃないので、だからそれこそ延長線上で、もし会社として法人登記できたらしたいし、起業したいなという。
会社に就職するよりも、自分の好きなスタイルで生きていきたいとのこと。住むのは日本がいいと考えているものの、ノマドワーカー(場所に縛られずに働く人)的にパソコンだけ持っていろんな国で仕事ができる形が理想だそうです。
マレーシアからアメリカに編入できれば、2カ国の大学を経験したことになる。それがいろんな国で働きたい自分にとって武器になるのではないかと考えているようです。
現在は留学エージェントのアンバサダーとしても活動していて、紹介経由で契約が成立すると報酬がもらえる仕組みがあるそうです。まだ収入は得ていないものの、「得られる状態にはなっている」とのことでした。
これから留学を考える人へ
最後に、これから留学を考えている人へのメッセージを聞きました。
留学するというのは絶対経験になるし、もう本当に行く人は行くし行かない人は行かない。
やることが決まってないから行かないとかいう子もいたりはするんですけど、海外で生活するというのは日本で経験できないことだし、今しか、本当にこの若いうちしかできない経験なので。
100%人生が変わるとは言い切れないけれど、何かしら自分を変えたいと思うなら、どの国でもいいから経験してみてほしい。そう話していました。
あらたさんは「親からの投資に近い感覚で留学に来ている」と表現していました。その投資に対してどうリターンを返していくか。今もそのことを考えながら生活しているそうです。
アメリカに直接行く費用がなかったから、マレーシアを選んだ。その選択が正解だったかどうかは、まだわからないのかもしれません。ただ、「留学した方が人生の価値が上がる」と直感した高校3年の夏から、あらたさんは自分の選択を信じて行動し続けています。
続きの記事について
高校3年の夏に推薦を取り消してマレーシア留学を選んだあらたさん。アメリカを諦め、マレーシア経由という道を選び、月8万円で生活しながら、アメリカ編入を目指しています。その選択の背景には、いくつもの判断がありました。
ただ、それぞれの判断の「詳細」は、この記事では触れきれませんでした。
たとえば、費用。アメリカを諦めてマレーシアを選んだ時、何が決め手だったのか。サンウェイとテイラーズ、年間30〜40万円の差をどう判断したのか。エージェント費用10万円は、何に対して払ったのか。
現地での生活にも、この記事では触れきれなかった判断がありました。
生活費月8万円の内訳。何を優先して、何を諦めたのか。聞き取れない授業を、AIツールでどう乗り切ったのか。そして、Final前日の夜に10匹の野良犬に囲まれた時、何が起きたのか。
続きの記事では、うまくいったことだけでなく、後悔した選択も含めて、これらの判断や工夫の背景を扱っています。
マレーシア留学のリアルな費用。月5万円生活の内訳と、選んでわかったこと
- 親に「ビジョンを示せ」と言われた時の対応
- 年間30〜40万円の差をどう判断したか
- 「保険」として残した、もう一つの選択肢
- エージェント費用10万円の価値
- 寮費を入れて月8万円、その現実的な内訳
- なぜ現地の銀行口座を開設しなかったのか
- 「写真と違った」寮で後悔したこと
- 聞き取れない授業、AIに頼った3ヶ月
- ディスカッションで中国語になる瞬間
- オリエンテーションの友達と疎遠になる理由
- Final前日に10匹の犬に囲まれた夜
- 海外で一人、怖いものがなくなるまで
- 「就職が好きじゃない」という感覚の正体






