「全部、自分で調べるしかなかったんです。」
海外の大学を目指そうと決めたとき、周りに詳しい人はほとんどいなかった。日本の大学なら先生が進路の相談に乗ってくれる。でも海外となると、どんな大学があるのか、何を準備すればいいのかも分からない。迷いながらも、一つずつ調べていくところから始まったそうです。
しかもその頃は、まだ部活の最中。引退するまでは留学準備にしっかり時間を取ることができず、課題や勉強と並行しながら毎日を過ごしていたという。
今回お話を聞いたのは、公立高校のIBコースで学びながら、部活動も続け、自分で情報を集めてカナダのUBCへ進学した小林千里さんです。
小林千里さん
「自分で決めて、自分で動く」
- ルート: 公立高校IB → UBC森林・環境管理学部
- 部活: 陸上部、高3夏まで継続
- 準備: エージェントなし、自力で調査
- 進路: 環境コンサルティングに興味
小林さんの進路選択は、最初から海外を目指していたわけではありませんでした。日々の学校生活や身近な関心の延長線上で、少しずつ形づくられていったものでした。
一方で、実際にその選択に向き合う中では、思うように上がらない英語のスコアや、自力で情報を集めることの難しさなど、負荷の大きい時期もあったそうです。
そんな経験を持つ小林さんに、なぜUBCを選んだのか。どんな準備を、どんな感覚で進めていったのか。現地での学びや生活は、想像していたものとどう違っていたのか。
どんなふうに考え、迷い、進んできたのか。振り返ってみて初めて言葉になることも含めて、小林さんに聞いてきました。

山を駆け回っていた子どもが、環境問題に出会うまで
山道じゃないところを登っていた
小林さんは、自然豊かな環境で育ちました。毎日のように山を駆け回り、生き物や植物が身近にある日常を過ごしていたそうです。
小さい時から自然豊かなところで育って、毎日山を駆け回ってました。山道じゃないところも登ってたし、だいぶアグレッシブなこともしてましたけど。
普通の山道ではなく、道なき道を登っていた。そんな幼少期の経験が、後に環境問題への関心につながっていきます。ただ、当時はそれが将来の進路に影響するとは思っていなかったようです。
新聞で読んだグレタ・トゥーンベリのスピーチ
環境問題を意識するようになったきっかけは、中学生の頃に読んだ新聞記事でした。
グレタ・トゥーンベリさんというスウェーデンの方がいて、その人が気候変動に対して何もしない政治家たちに対して、学校を休んでスクールストライキをした運動がどんどん大きくなり、国連でスピーチをしたのが新聞に載ったのを読んで初めて知りました。それを読んで「これはいかんな」って思いました。
気候変動や生物多様性の喪失について学んだとき、自分が小さい頃から親しんできた自然が失われていくかもしれないという危機感を覚えたそうです。「これはいかんな。なんとかせないかんな」という思いが、環境保全を学びたいという方向性につながっていきました。
IBコースに入ったのは、友達と同じクラスになりたかったから
軽い気持ちで始まったIBコース
小林さんがIBコースを選んだきっかけは、意外にもシンプルなものでした。
中学3年の時に入学説明会があって、IB候補生になったら同じクラスになれますって書いてたので、友達と「同じクラスになれるし一緒にやろう」って。
友達と同じクラスになりたい。それだけの理由でIBコースを選んだそうです。ただ、一緒に始めたその友達は途中で辞めてしまいました。それでも小林さんはIBを続け、結果的にそれが海外大学への道を開くことになります。
IBを始めて知った「海外大学」という選択肢
IBコースに入るまで、海外大学という選択肢は全く考えていなかったそうです。
IBを始めた時に日本の大学以外に海外も行けるよって言われていて、その時に「そうなんや」って思って、それまで全然そんな選択肢なかったんですけど…
色々調べていくうちに、「そんな可能性があるんや」って思って興味を持ちました。あと、単純に一度日本じゃないところに行ってみたかったっていうのもあります。
IBコースを始めたことで、海外大学という選択肢があることを知った。そこから色々と調べていくうちに、興味が深まっていったようです。
親に伝えたときの反応
海外大学への進学を親に伝えたのは、高校生の頃。最初は「さらっと」伝えたそうです。
親の反応はどうだったのでしょうか。
「そうか、頑張ってね」みたいな感じでした。反対はされなかったです。応援してあげよう、やりたいようにさせてあげようっていう感じの親だったので。
反対はなく、むしろ応援してくれたとのこと。ただ、費用については「ちゃんといくらかかるか教えてな」と言われたそうです。親にとって、費用の透明性は重要な関心事だったようです。
なぜカナダ、なぜUBCだったのか


環境保全に強そうな国を探した
海外大学に行くと決めてから、小林さんは環境保全が学べる国を探し始めました。
生態系の保全とかに興味があって、そういう分野において進んだことが学べるところが日本以外にもあるかもしれないって考えていました。それでカナダを選びました。
カナダを選んだ理由の一つは、国自体の自然が豊かだったこと。そして、日本と似た緯度帯であることも重要なポイントでした。
気候的にアマゾンみたいな熱帯だと日本と違いすぎるなあって思っていました。多分頭のどこかにいずれ日本に帰って、学んだ知識を使って何かできないかなっていうのがあったんだと思います。だから日本と同じくらいの緯度帯、そして英語圏であることが大事でした。
将来、日本に帰って学んだ知識を活かしたいという思いがあったため、日本と気候が近い地域を選んだそうです。
治安と英語圏、そして「大きいキャンパスへの憧れ」
カナダを選んだ理由は他にもありました。治安が良いこと、英語圏であること。そして、もう一つ。
憧れで、大きいキャンパスの大学に行きたかったです。
大きなキャンパスへの憧れ。実用的な理由だけでなく、純粋な憧れも大学選びの要素になっていたようです。ただ、この「大きいキャンパス」という希望は、後に少し後悔することになります。
クマやカリブーの生息域をマッピングする研究室
UBCを選んだ具体的なきっかけは、ある研究室の存在でした。
ブリティッシュコロンビア大学の森林・環境管理学部に、カメラを使ったりしながらクマやカリブーとかの生息域や活動をマッピングして、それが気候変動や人が木を切ったりすることによって、どうやって変わっていくのかを調べてる研究室があったのでそこに興味を持ちました。
気候変動や人間活動が野生動物の生息域にどのような影響を与えるのか。そういった研究に興味を持ち、UBCの森林・環境管理学部を志望するようになったそうです。
UBC以外にも受けた大学たち
小林さんはUBC以外にも複数の大学を受験しています。カナダ東部の大学、オーストラリアの大学、そして日本の大学も。
けど、落ちた時のためにです。
第一志望はずっとUBCで、他は「落ちた時のため」の保険だったようです。オーストラリアの大学については、「それはそれで楽しそうな動物がいっぱいおるしな」と笑いながら話してくれました。
全部自分で調べるしかなかった
先生も知らない海外大学
海外大学の情報収集で最も大変だったのは、頼れる人がいなかったことだそうです。
行きたい大学を調べる過程で、日本の大学だったら先生が色々教えてくれると思うんですけど、それが全くなかったので全部自分で調べないといけなかったです。プラス、山のように大学の数があるからどこから手をつけていいかわからなかったです。
日本の大学であれば、先生が進路指導をしてくれる。でも海外大学となると、先生も詳しくない。どの大学があるのか、何が必要なのか、全て自分で調べる必要がありました。
大学のウェブサイトにたどり着いても、それはそれで大変だったそうです。
ボタンがいっぱいあってわけわからなかったです。頑張ってサイトを進めていったらたどり着くんですけど、どこからたどり着いたかが思い出せないんです。
日本の大学のウェブサイトとは構造が違い、必要な情報にたどり着くのに苦労したようです。
エージェントは使わなかった
小林さんは留学エージェントを使いませんでした。
エージェントは使っていません。
全て自分で調べ切ったそうです。ただ、もし何かやっておけばよかったことがあるとすれば、留学を考えている人向けのイベントやセミナーに参加することだったかもしれないと話していました。
JASSOが経験者セミナーみたいなものをいくつかやってたので、そういうのに行ってたら、もうちょっと色々分かったのかもしれないなって思います。
部活を引退するまでは動けなかった
県総体まで部活を続けた
小林さんは高校3年生の夏まで陸上部で活動を続けていました。
高校3年生の6月は高校総体があり、それから部活を引退しました。それまでは部活と一緒に留学の準備などがあったり、IBのIA(内部評価)もあったので、非常に忙しかったです。
近畿大会を目指していたそうですが、結果は予選落ちだったとのこと。
めっちゃ近畿大会行くつもりだったんですけど、行けなかったです。
部活を引退するまでは、留学準備に本格的に取り組む余裕がなかったそうです。
部活・IA・英語、全部同時にやっていた
高校3年生の春は、部活、IA(Internal Assessment:内部評価)、英語の勉強を同時に進めていました。
朝起きて、自転車で30分くらいかけて学校に行ってました。そして部活に行って、課題をこなして寝る。みたいなのを繰り返してました。
平日は学校と部活と課題で埋まり、休日はずっと勉強していたそうです。
どうしても平日だけだと課題終わらないので、休日はずっと勉強してました。
IAについては、早めに取りかかることを意識していたとのこと。
早め早めに始めて、できるだけ早くテーマ設定を決めていました。うまくいかないこともありましたけど…
だけど、早めから始めてたから、1日の課題の量を少なくできたってことだと思います。


TOEFLで苦戦した経験
スピーキングだけが伸びなかった
英語の試験については、TOEFLを受験しました。問題はスピーキングでした。
伸ばそうと試みるもスピーキングは停滞したまま、その他の3つの分野だけ伸びていきました。点数を伸ばしつつも、ずっとスピーキングに苦戦してました。
他の3技能は伸びていくのに、スピーキングだけが停滞する。何度受けても上がらない状況が続きました。
スピーキングの点数は下がるわけでもないんです。ずっと同じでした…
一人で練習していても限界があった
最初は一人で練習していたそうです。過去問を解いて、自分の音声を録音して聞く。でも、それだけでは限界がありました。
1人で練習してたことが多分悪いんだと思います。過去問を解いて、その時にスピーキングも解きました。その時に自分の音声を録音して、聞いて、「ふーん」ってなるだけでした。
「ふーん」となるだけで、何をどう改善すればいいのか分からない。そんな状態が続いていたそうです。
ALTの先生に助けを求めた
転機になったのは、ALTの先生に助けを求めたことでした。
「あ、これは自分でやるだけではダメだな」っていうのをどこかで悟ったので、先生に助けを求めました。
放課後に時間を取ってもらい、スピーキングの練習に付き合ってもらうようになりました。
スピーキングの過去問を先生と一緒に解く練習で、先生に聞いてもらってどれくらい理解できたかっていうのと、あとは言い回しとかフレーズとか、「こういうのがあるよ」みたいなの教えてもらったりしました。あとは緊張感とか。
先生に聞いてもらうことで、自分の話がどれくらい伝わっているかが分かる。言い回しやフレーズも教えてもらえる。そして何より、緊張感が生まれる。
振り返ってみると、もっと早く助けを求めればよかったと感じているそうです。
強いて言うなら、もっと早くに先生に助けを求めればよかったくらいだと思います。
出願のギリギリまで苦戦した
結果的に目標スコアは達成できましたが、想定よりも時間がかかったそうです。
そこまでかかると思ってなかったです。思っていたより苦戦しました。
焦りながらも、なんとか間に合わせたそうです。
エッセイは「盛らない」「正直に書く」
部活とボランティアのことを書いた
UBCの出願にはエッセイが必要でした。自分の強みや課外活動、それを通じてどう成長したかを書く内容だったそうです。
部活のことを書きました。あと、ボランティアもです!
ボランティアは、図書館で本の整理を手伝った経験を書いたそうです。
意識したのは「盛らない」こと
エッセイを書く上で意識したのは、「盛らない」「正直に書く」ということでした。
盛らないことと、正直に書くことです。
特別なことをしたわけではない。でも、その経験を通じて自分がどう変わったのかを丁寧に書くことを心がけたそうです。
自己分析の大切さに気づいた
エッセイを書く過程で、自己分析の大切さに気づいたそうです。
「自分は何だろう?」、「自分はどうして自然に興味を持ったんだろう?」って、小さい時まで遡っていって、「あ、そうか、小さい時に山を走り回ってたから自然に興味持ったのか」ってことに、エッセイを準備する中で高3の時に改めて気づきました。
なぜ自然に興味を持ったのか。その問いを掘り下げていくうちに、小さい頃に山を駆け回っていた記憶にたどり着いた。エッセイを書くことは、自分自身を理解する作業でもあったようです。
これから留学を考える人へのアドバイスを聞くと、「嘘をつかずに。ありのままの自分を出す。自己分析は結構大事かもね」と話してくれました。
UBCでの学びと生活


フィールドワークが多い、座学だけじゃない
UBCでの学びについて聞くと、小林さんはフィールドワークの多さを挙げました。
2年生は、フィールドワークが結構あります。そこで、土をいっぱい掘ったり実験とかも結構あって、座学ばっかりじゃないのが楽しいです。自分がやりたいようなことを実際にやれてます。あと優しい先生もいます。
座学だけでなく、実際にフィールドに出て土を掘ったり、実験をしたりする授業がある。それが選んでよかった点の一つだそうです。
ディスカッションは、IBが大きくなった感じです。
IBコースでの経験があったため、ディスカッション形式の授業にも抵抗はなかったそうです。
授業中に質問する人たち
授業の雰囲気について聞くと、日本との違いを感じる場面があるようです。
質問があった時に、なんかシュワ!って手がよく上がります。普通に先生が喋ってる途中でも質問する人が多い印象です。
先生が話している途中でも、質問があれば手を挙げる。それがカナダの大学では普通のことのようです。
私はそこまでやる勇気がないです。みんなの前じゃ嫌なので、授業終わった後に先生のところにダダダダダって行って話を聞くくらいはできます。
みんなの前で質問する勇気はまだないけれど、授業後に先生のところに行って話を聞くことはできる。教授との距離は、距離を縮めようと思えば縮められる環境だそうです。
キャンパスが大きすぎて疲れる
大学選びで「大きいキャンパスに行きたい」と言っていた小林さんですが、実際に通ってみると少し後悔もあるようです。
大きいキャンパスに行きたいっていってたのに、キャンパスが大きすぎて疲れます。
森林・環境管理学部の建物から離れた場所で授業が行われることもあり、移動が大変だったそうです。
1km以上ある一本道を10分で移動しないといけなくて、頑張って汗かきながら走ってました。次第には諦めて、授業に普通に遅れていってました。
汗をかきながら走っていた時期もあったとのこと。最終的には諦めて遅刻するようになったそうです。
キャンパスは「ちっちゃい方がいいでー」って思います。
今となっては小さい方がいいと思っているそうです。
友達との会話が一番難しい
英語について聞くと、意外な答えが返ってきました。
授業は意外と大丈夫でした。先生の話は分かりやすいです。友達の会話の方が結構省略するし早くなったりもするので難しいです。
授業は分かる。先生の話は分かりやすい。でも、友達との会話が一番難しいそうです。
1対1は相手が合わせてくれるから、大丈夫なんですよ。それが3人4人って増えていくと、相手のスピードになるから分からなくなります。
1対1なら相手が合わせてくれる。でも3人、4人と増えていくと、会話のスピードについていけなくなる。分からないときは「聞くか流すか、半々くらい」だそうです。


到着直後の印象と、慣れていった日々
歩くスピードが早い、りんごを丸かじり
カナダに到着した最初の印象を聞きました。
「カナダ到着したなぁ」という感じでした。
率直な感想です。そして、現地の人々の様子について。
平均的に歩くスピード早かったです。話すスピードも早くて、会話についていけないのは困りました。
歩くスピードも、話すスピードも早い。会話についていけないことに困ったそうです。
文化の違いで驚いたことを聞くと、寮での食事のことを話してくれました。
寮のご飯、意外に捨てる人多かったです。セルフサービスで取っていくんですけど、自分で取ったくせに食べないで捨てるんです。「意味わからん」って思いました。けどそういう人が結構いました。あと、りんごを丸かじりしてるのが普通でしたね。
自分で取った料理を残して捨てる人が多いこと、りんごを丸かじりするのが普通だったこと。小さな文化の違いに驚いたそうです。
「帰りたい」とは思わなかった
最初の頃、帰りたいと思うことはあったのでしょうか。
「帰りたい」はなかったです。普通に日本のご飯が食べたいなとか、味噌汁が食べたいなみたいなのはありましたけど…
帰りたいとは思わなかった。でも、日本の食べ物が恋しくなることはあったそうです。食事全般については、想像していたよりも良かったとのこと。
アメリカの高校に行ってた人に1回話聞いたことがあって、その人はもう「ハンバーガーとピザしかない」みたいな悲しいこと言ってたんですけど、それに比べると全然バラエティありました。
会話についていけなくて落ち込んだ時期
留学生活で一番辛かった出来事を聞くと、到着直後の経験を話してくれました。
行った直後は、やっぱり会話のスピードが早すぎてついていけないのはだいぶ落ち込みました。誰にも相談することなく、しゅんと落ち込んでました。
でも教授に話しに行ったら、「君は日本から来ただけでもすごいんだぜ」みたいなこと言われて、「あ、そうだな」って思いました。友達にもたまに慰められてました。
誰にも相談せずに落ち込んでいた時期があったそうです。教授や友達からの言葉に救われた経験を話してくれました。
「なんとかなる」と思えるようになった
留学を通じて成長したことを聞くと、こう答えてくれました。
全部自分でやらないといけないので、前より「なんとかなるさ」精神が強くなりました。
あと文化も違う人がいっぱい集まってるから、自分が今まで当たり前だって思ってきたことは全然当たり前じゃなかったんだなって思うようになりました。
自分の当たり前が当たり前ではなかった。そういった経験を通じて、「なんとかなる」と思えるようになったそうです。
将来のこと、まだ決まっていないこと
カナダに残るか、日本に帰るか
卒業後のキャリアについて聞くと、まだ明確には決まっていないようです。
めっちゃふわっとしたイメージだとカナダに残ります。カナダに残って働くなり、大学院に行くかどうかも分からないです。
一度カナダで働いてみたいって気持ちはあります。でもいずれは日本に帰ってきて、日本で環境保全活動に関わりたいって思っています。
カナダに残って働くか、大学院に進むか。まだ分からない。でも、いずれは日本に帰って環境保全活動に関わりたいという思いはあるそうです。
環境コンサルティングという仕事
具体的な仕事のイメージを聞くと、環境コンサルティングへの興味を話してくれました。
研究したいっていうのもあるけど、仕事するなら環境コンサルティングがいいです。「橋を作りたいです」みたいなでっかいプロジェクトがあった時に、作る場所とかその周りの生き物とか生態系にどういう風に影響を与えるのかを調べるとかそういう仕事です。
大きなプロジェクトが環境に与える影響を調べる仕事。研究という選択肢もあるけれど、まずは学部にいる間に研究室の手伝いをさせてもらい、自分が本当に研究したいのかどうかを確かめたいそうです。
「自分を信じて頑張ってください」
最後に、留学を考えている人へのメッセージを聞きました。
自分を信じて頑張ってください。決めるのは他の誰でもない自分です!ってどこのスローガンやねん(笑)
自分を信じて頑張ってください。決めるのは他の誰でもない自分。そう言いながら、「どこのスローガンやねん」と自分でツッコミを入れておられました。
続きの記事について
小林さんは、エージェントを使わずに自分で情報を集め、部活を続けながら出願準備を進め、UBCへの進学を実現しました。その選択の背景には、いくつもの判断がありました。
ただ、この記事では触れきれなかった詳細や判断の背景があります。
たとえば、留学にかかる費用。寮生活では月にどれくらいかかったのか。2年目以降はどう生活費を抑えているのか。JASSOの奨学金だけでは足りなかったそうですが、実際にどれくらい不足したのか。TOEFLの受験料は総額でいくらだったのか。
出願準備のスケジュールにも、この記事では触れきれなかった判断がありました。なぜ高2の3月という時期にTOEFLを初めて受けたのか。スピーキングが何度受けても19点から動かなかったとき、どこで方向転換したのか。TOEFLとIELTS、どちらを選ぶべきだったのか。
続きの記事では、小林さんの体験をより具体的に掘り下げています。成功したことも、うまくいかなかったことも含めて扱っています。
UBC留学に実際かかった費用──寮費・生活費・奨学金で足りなかった金額
- 高2の3月にTOEFLを受けた理由
- スピーキング19点で停滞した理由
- 先生に助けを求めるまでの葛藤
- TOEFL受験料は総額いくらだったか
- TOEFLとIELTS、どちらを選ぶべきか
- JASSO準備と大学出願の同時進行
- エッセイ添削で何度も聞かれたこと
- 寮生活で月30万円かかった内訳
- 2年目の生活費を17万円に抑える工夫
- JASSO奨学金で足りなかった金額
- オーナーの都合で突然の退去命令
- バイトで稼いだ金額と見つけ方
- 授業についていくためにやったこと
- IB勉強法がライティング対策に活きた理由
- 親の顔に出ていた費用への不安
- カナダで驚いた文化の違いと自分の変化
- もっと早く人に頼ればよかった理由








