海外大学に入学して最初に驚いたのは、授業の規模だったそうです。数百人が同じ教室に座り、ときには1000人を超えることも。教授は自分の名前を知らない。隣に座った人と話す機会もほとんどない。そんな環境が待っていたといいます。
高校まで小さな学校で過ごしてきた身には、その距離感に戸惑うこともあったようです。ただ、学年が上がるにつれて状況は変わっていきました。クラスは20人ほどの少人数になり、教授とも「知り合い」のような関係を築けるようになったのだとか。
出願の準備から現地での暮らし、そして卒業後の進路まで。4年間を振り返りながら、海外大学のリアルな日常について話してくれました。
今回お話を聞いたのは、カナダのトロント大学で健康と病気(Health & Disease)を専攻する4年生のりほさんです。
小学3年生のとき、親の仕事の都合で1年間ロンドンに住んだことが英語との出会いだったそうです。帰国後もインターナショナルスクールに通い続け、高校ではIBを履修。カナダとアメリカの大学14校に出願し、複数の合格を経てトロント大学を選びました。出願準備の進め方から、寮生活やルームシェアの実態、トロントの街の印象、そして就活のことまで聞きました。
小3のロンドン体験から始まった英語での学び
1年間の現地インター生活で得た「楽しかった」という記憶
りほさんが英語に触れるきっかけとなったのは、小学3年生のときでした。親御さんの仕事の都合で、1年間だけロンドンに住むことになったそうです。
当時は英語がまったく話せない状態で、現地のインターナショナルスクールに通い始めました。言葉がわからない、授業についていけない、友達もいない。そんな環境に放り込まれた9歳の子どもにとって、大変なことは確かにあったようです。
言語の壁っていうのは確かに難しかったなっていうのは覚えてるんですけど、ネガティブな思い出っていうのはイギリスであんまりなくて。大変だったと思うけど、すごい楽しかったっていう方が強いです。
9歳という年齢だったこともあり、記憶は少しあやふやな部分もあるそうですが、「楽しかった」という感覚だけは今でもはっきり残っているのだそうです。
帰国後も続けたインターナショナルスクールでの日々
1年間のロンドン生活を経て日本に戻ったりほさんは、その後もインターナショナルスクールに通い続けることを選びました。ロンドンでの経験が、「自分に合っている」と感じられたからです。
通っていたのは、愛知県にある名古屋国際学園(NIS)。この地域では有数のインターナショナルスクールで、生徒の8割ほどが日本人。帰国子女が多い環境だったといいます。高校卒業まで、ずっとこの学校で過ごしました。
高校ではIB(国際バカロレア)プログラムを履修。IBは世界共通のカリキュラムで、所定の成績を修めると各国の大学入学資格として認められる仕組みです。
HL(ハイレベル)でバイオロジー、数学、日本語を、SL(スタンダードレベル)でケミストリー、英語、経済学を選択していたそうです。もともとアレルギー体質で病院に行く機会が多かったこともあり、自然と生物や医療への関心が芽生えていたのかもしれません。
インターナショナルスクールでは、海外大学を目指す生徒も多かったようです。りほさんの学年では、海外と日本の大学に進学する生徒が半々ぐらい。先輩の代はもう少し海外が多かったものの、コロナ禍の影響もあって年々変化があったそうです。同級生のなかには、ニューヨーク大学やミシガン大学、UBC(ブリティッシュ・コロンビア大学)、キングス・カレッジ・ロンドンなどに進学した人もいたといいます。


海外大学を目指す準備と出願
高2秋にTOEFL・SATを取得
りほさんがTOEFL(英語を母語としない人向けの英語力試験、120点満点)とSAT(アメリカの大学進学適性試験、1600点満点)を受験したのは、高校2年生の秋、2020年の10月頃でした。多くの人が高校3年生の秋に受けるなか、1年早いタイミングです。
TOEFLは113点、SATは1500点(数学790点、英語710点)。どちらも1回の受験で取得したとのこと。インターナショナルスクールで英語での学習を続けてきた積み重ねが、結果につながったのでしょう。
高2の秋くらいにとったから、高3の秋がそこまで忙しくなかったんです。
周りには高3の秋に初めて受けて、その後スコアに満足がいかず何度か取り直す人もいたそうです。取り直しが続くとスケジュールがずれ込んでしまうケースも見てきたといいます。
14校に出願、エッセイ準備に追われた日々
りほさんが出願したのは、カナダ・アメリカ・日本を合わせて14校ほどです。
| 大学名 | 国名 |
|---|---|
| トロント大学(セントジョージキャンパス) | カナダ |
| トロント大学(ミシサガキャンパス) | カナダ |
| マギル大学 | カナダ |
| UBC(ブリティッシュ・コロンビア大学) | カナダ |
| ウォータールー大学 | カナダ |
| ヨーク大学 | カナダ |
| UCバークレー | アメリカ |
| UCLA | アメリカ |
| UCデイヴィス | アメリカ |
| UCサンディエゴ | アメリカ |
| スタンフォード大学 | アメリカ |
| ピッツァー・カレッジ | アメリカ |
| ポモナ・カレッジ | アメリカ |
| ICU(国際基督教大学) | 日本 |
日本の大学受験と違い、海外大学の出願では自己アピールのエッセイが求められます。「今までで一番大変だったこと」といった質問に対して、自分の経験を言葉にしていく作業です。
エッセイ書いて、「ちょっと読んでくれない?」みたいなフィードバックを繰り返して。出すまでに自分が納得いくものを出したいじゃないですか。だからそのために「これ変かな?」っていうのをすごい繰り返した思い出があります。
高3の夏休みから本格的に書き始め、何度も書き直しを重ねたそうです。学校によって求められる文字数や質問内容が異なるため、それぞれに合わせた準備が必要でした。後回しにしてしまった部分もあり、締め切り直前はかなりカツカツだったといいます。
出願のタイミングも学校によってさまざまです。アーリーディシジョン(合格した場合に入学を確約する早期出願制度)の締め切りが10〜11月頃、レギュラーディシジョン(通常出願)はその1〜2ヶ月後。りほさんはそれぞれの大学のデッドラインを見ながら準備を進めていました。
カレッジカウンセラーと二人三脚で進めた準備
出願準備を進めるうえで、りほさんが頼りにしていたのは学校のカレッジカウンセラーでした。
やっぱり学校が小さかったっていうのが一番の武器っていうか良かったところなのかなと思うんですけど。結構親身に相談乗ってくれたりとか調べてくれたりとかしたので。
週に1回ほど、ホームルームの時間を使って大学準備の時間があり、高2の2学期頃から少しずつ情報収集を始めていたそうです。大学のリストアップや、推薦状を誰に頼むか、いつまでに何を準備するかといったスケジュール管理も、スプレッドシートを使いながら進めていました。
エッセイの添削も、カレッジカウンセラーや授業を担当する先生、友人に頼んでいました。友人に見せるときはその場でパソコンを見せて「どう思う?」と聞いたり、先生にはホームルームの時間に「ちょっと1分だけいいですか?」と声をかけたりしていたとのこと。
また、「留学フェローシップ」という海外大学進学を目指す学生と留学経験者をつなぐ団体のプログラムも活用。実際に海外大学に通っている先輩から話を聞けたことは、進路を決めるうえで参考になったそうです。外部のエージェントは利用しなかったものの、大学のリクルーターが開催するオンライン説明会には参加していたといいます。
IBとの両立で忙しかった高校時代
出願準備と並行して、IBの課題もこなす必要がありました。
IBでは、各科目でIA(Internal Assessment)と呼ばれる個人研究・レポート課題を提出する必要があります。りほさんはバイオロジー、ケミストリー、数学、経済学でIAを出さなければならなかったそうです。
なかでも大変だったのはケミストリー。他の科目はデータ分析やエッセイ形式だったのに対し、ケミストリーだけは実験を選んだため、放課後に学校に残って実験を繰り返すことになりました。出願準備と同じ時期に重なっていたこともあり、「結構厳しかったな」と振り返ります。
また、提出物を後回しにしてしまう癖があり、途中のチェックポイントでギリギリになることも。「うわ、やばい、やらなきゃ!」という場面が何度かあったそうです。
トロント大学に決めるまで


カナダとアメリカ、両方を視野に入れて探した
りほさんが大学を探し始めたとき、最初から海外大学は視野に入っていました。インターナショナルスクールに通っていたこともあり、英語で学び続けたいという気持ちがあったからです。
これまで英語で勉強してきたし、結構理系で専門用語とかも多いので、そのまま英語で勉強続けたいなって。あと海外の大きい都市で大学生やってみたいなっていうのはありました。
候補として見ていたのは、カナダとアメリカの大学。特にカリフォルニア周辺を中心に探していたとのこと。アジア人コミュニティが大きいエリアという点が、親御さんにとっても安心材料だったようです。
もちろん、日本の大学という選択肢もありました。実際にICU(国際基督教大学)にも出願し、合格しています。学費が安い、家族も日本にいる。現実的に考えれば魅力的な候補です。ただ、りほさんのなかには「せっかくなら海外で」という思いがあったそう。
勝手なイメージだけど日本の大学って勉強よりも、サークルとかバイトとかの方に注力しているイメージが結構多くて。それよりも、海外の大学生の生活っていうのにちょっと憧れがあったりしたので。
大学を探し始めたのは高2の2学期頃。エリア、大学の規模、オファーされているプログラムなどを調べながら、候補を絞っていきました。親御さんとも相談しながら、学費や安全面も含めて現実的な選択肢を検討していったそうです。
「入ってから専攻を決められる」自由度に惹かれた
トロント大学を候補に入れた理由のひとつは、専攻の自由度でした。
トロント大学では、「スペシャリスト1つ」か「メジャー2つ(ダブルメジャー)」か「メジャー1つ+マイナー2つ」という組み合わせで専攻を選べる仕組みになっています。スペシャリストは1つの分野を深く学ぶ集中型、メジャーは日本でいう主専攻、マイナーは副専攻にあたります。
りほさんは現在、メジャーで「Health & Disease(健康と病気)」を、マイナーで免疫学と医療倫理(バイオエシックス)を学んでいます。この専攻では、医学的な側面だけでなく、経済学や社会学など、さまざまな角度から「健康とは何か」「どういうことがあったら健康になるのか、病気になるのか」を学んでいるそう。公衆衛生の分野にも触れているといいます。
出願した時点で、ヘルス関係の勉強したいっていうのはなんとなく固まってたんですけど、でも実際大学入ってみて、もっとやってみたいことが見つかるかもしれないし、変わるかもしれないなっていう感じで、ちょっと迷ってた部分もあったので。
イギリスの大学のように、入学時点でプログラムが固定されるシステムとは違い、入ってから調整できる余地があること。それが、当時のりほさんにとっては安心材料だったようです。
複数の大学に合格、そこからの選択
出願の結果、カナダの大学とICUは全て合格。アメリカもUCバークレーをはじめ複数の大学から合格通知を受け取りました。
一方で、スタンフォードなどいくつかの大学は不合格でした。
アメリカやっぱり結構厳しくて、他のちっちゃい大学とかは落ちちゃったりしたんですけど、まあまあ結果オーライみたいな。
合格した大学のなかから、最終的にトロント大学を選びました。専攻の自由度に加えて、トロント大学にはエントランススカラーシップ(入学時の成績に基づく奨学金)の制度があり、出願時点での成績をもとに奨学金をもらえたことも後押しになったそうです。
1年目の大学生活と寮での暮らし
数百人規模のレクチャーに最初は戸惑った
トロント大学に入学して最初に感じたのは、授業の規模の大きさだったとのこと。
1年生や2年生のうちは、基礎的な科目をみんなで履修するため、クラスサイズが非常に大きくなる。数百人は当たり前、なかには1000人規模のレクチャーもあったといいます。
レクチャーが一方的というか、スピーチを聞きに行っているみたいな感覚の方が近いかなっていう感じで。プロフェッサーと仲良くなるとか、周りの同じクラスとってる子と仲良くなるみたいなことは少し難しいかなっていう感じがしました。
りほさんは高校まで小さな学校に通っていたため、先生と話すのは当たり前で、クラスメイト全員の顔と名前がわかる環境でした。そこからの変化は大きかったようです。お互いの名前も知らない、先生も自分の名前を知らない。そんな距離感に、最初は戸惑いを感じたといいます。
ただし、レクチャーとは別に「チュートリアル」という少人数のセッションも用意されています。10〜20人程度で、TA(ティーチングアシスタント、主に大学院生が務める授業補助役)と一緒にディスカッションをしたり、問題を解いたりする時間。ここで周囲と話す機会は生まれるそうです。


寮のカフェテリアは「まぁ、可もなく不可もなく」
1年目は、大学の寮「ニューカレッジ」に住んでいました。トロント大学には「カレッジ」と呼ばれる学生の所属・生活の拠点となる組織が複数あり、寮やカフェテリアはカレッジごとに分かれています。ラッキーなことにシングルルームを割り当てられ、ルームメイトなしで過ごせたそうです。
部屋の構造は、クローゼットと机とベッドがあるワンルーム。広くはないけれど、一人で過ごすには十分なスペースだったといいます。シャワーやコモンルーム(ソファやテレビ、小さなキッチンがある共有スペース)は、フロア全体で20人ほどでシェア。
寮生活ではミールプラン(食事付きプラン)を利用して、カフェテリアで食事をとっていました。味の評価を聞いてみると、少し笑いながらこう答えてくれました。
正直微妙。可もなく不可もなくって感じで。トロント大学ってカレッジが結構いっぱいあって、寮ごとにカフェテリアが違うんですね。私が住んでたところはまだいい方だったらしいんですけど、それでも「んー、まぁ」な時がたまにありました。
ニューカレッジのカフェテリアは、ビュッフェ形式でいろいろなところから選べるタイプ。他の寮と比べるとレパートリーが多く、「まだマシ」という評判だったそうです。
入学前から始まっていた友人作り
友人ができたきっかけは、実は入学前から始まっていました。
海外の大学では、入学が決まると同級生同士がSNSでつながり始める文化があるそうです。Instagramで「Class of 2026」のようなアカウントが立ち上がり、そこで同じ大学に進学する人たちの情報が共有されていくのだとか。
そこで私も自分のプロフィールも上げてたし、共通の趣味だったりとか同じ出身とかの人と話し始めて、実際に学校始まったら会うみたいなことが結構あったかなと思います。
入学後は、同じ寮でカフェテリアでよく見かける人、部屋が近所の人とも自然と顔見知りになっていったそう。学校が始まる前のオリエンテーションも楽しく、すぐに友達ができたといいます。
トロント大学の日本人団体に1年生から所属し、そこでできた友達も多いそうです。また、ダンスが好きで、ダンス仲間との交流も続いています。
カナダに着いた最初の印象を聞くと、「すごい住みやすいところだなって思った」と振り返ってくれました。人も優しく、みんなオープンに話してくれる。ウェルカムな雰囲気で、居心地がよかったそうです。
ただ、1〜2年生のうちは授業で友達ができにくいという面もありました。レクチャーは規模が大きすぎて、隣に座った人と話す機会があまりない。理系で実験の授業があるときは、ラボパートナー(同じ実験台で一緒に作業する相手)と話すことはあったものの、授業を通じて仲良くなった人は「思ったほどではないかもしれない」とのことでした。
2年目以降の生活と学業の変化
友人とのルームシェアで始まった新しい暮らし
2年目からは寮を出て、友人とルームシェアを始めました。
現在住んでいるのは、2ベッドルーム・2バスルームのアパート。自分の部屋と自分専用のバスルームがあり、キッチンは友人とシェアしています。ルームメイトは日本人の友人で、もともと知り合いだった人と「一緒に住もう!」と声をかけ合って物件を探したそうです。
2〜3年生のときは別の友人(中国人の方)とルームシェアしていて、4年生になってから今のルームメイトと暮らし始めました。以前のルームメイトとの間で大きなトラブルはなかったものの、カルチャーの違いを感じる場面はあったそうです。
私は人を呼ぶ習慣っていうのがあんまりなくて。友達の友達が、私が帰ってきたら家にいて「おっ!?」とびっくりすることも。海外の方ってホームパーティーとか結構開催されるイメージがあって、本当その通りで結構遊びに来てたりとか。
食事は基本的に自炊。家が学校から近いこともあり、授業の合間に帰宅して食べることも多いそうです。外食はあまりせず、買い物は近くの中華系スーパーやメトロ(カナダの大手スーパー)で済ませています。
中華系スーパーって豆乳がめっちゃ有名なんですよ。カルチャー的にちょっと甘い豆乳を飲む習慣があって、それに結構私もハマって。あとうどんも、日本のと同じようなうどんが売っているので、めっちゃ買います。
日本の食材にこだわって買うことはあまりないそうですが、日本のお菓子やカップラーメンはカナダだと高いため、日本に帰るときに持ってくることもあるそうです。
日本には年に2回、長い休みのときに帰国されています。冬休みの年末年始と、4ヶ月ほどある夏休み。夏休みはほぼずっと日本で過ごしているといいます。
高学年になるほど授業は少人数に、教授との距離も近く
学年が上がるにつれて、授業の雰囲気は大きく変わりました。
1〜2年次の大規模レクチャーとは違い、高学年になると専門的なクラスが増え、クラスサイズは20人程度まで小さくなります。ディスカッションベースの授業も増え、教授とも「知り合い」のような距離感になれるそうです。
高学年になるとチュートリアルがない授業も結構多いですね。授業とかレクチャーの時点からディスカッションベースだったりとか、質問をバンバン受け付けるみたいなそういうタイプの授業の方が多いです。
1学期に履修する科目数は、標準で5科目。最大で6科目まで取れるそうです。りほさんは1年生のときは各学期4科目ずつ、その後は5科目ずつ履修していました。4年生の秋学期は単位が足りていたため、4科目に抑えたそうです。
授業は週1〜2回で、1回あたり1〜2時間が一般的。ただし、3時間のレクチャーがたまにあることも。りほさんの4年間で2回ほど経験したそうです。
課題はテストの比重が大きく、理系の授業ではミッドターム(中間試験)とファイナルエグザム(期末試験)が成績の大部分を占めます。「25/25/50」のような配分で、テストだけで成績が決まる授業もあるそうです。4択の選択式問題が多いのも特徴だといいます。
課題の量については、IBの経験があったりほさんにとっては「想像通り」か「若干少ない」ぐらいの感覚だったそうです。1〜2年生のときは実験を行ってレポートを書く課題も多く、高学年になるとトピックについてエッセイを書く形式が増えたとのこと。
4年経っても感じるホームシック
4年間の留学生活で、一番つらかったことを聞いてみました。
ホームシックになることはたまにあったりとかして。いつ、なんでとかそういうわけじゃないけど、ふとした時に「あぁ」みたいなことがたまにあったりとか。
サンクスギビング(カナダでは10月の祝日で、家族で集まって過ごす習慣がある)など、現地の友人が家族と過ごすために実家に帰る場面を見ると、「家族はどうしてるかな」と考えることがあるそうです。実家では犬を飼っていて、「犬に会いたいな」と思う瞬間も。
4年経った今でも、ホームシックは完全にはなくならないといいます。定期的に連絡は取っているものの、近くにいるのとは話が違う。ただ、友達と過ごすことで気持ちが楽になるそうです。


トロントでの暮らしと治安
アジア人フレンドリーな街、差別を感じたことはない
トロントでの生活で、差別を感じたことはあるか聞いてみました。
私はあんまり感じたことはないですね。トロントってすごいアジア人が多くて、チャイニーズの方がめちゃめちゃ多く、チャイナタウンもかなり大きくて。結構みんなアジアンカルチャーとか日本のカルチャーとか、日本人に対して友好的というか、逆に興味を持たれるみたいな方が多いかな。
トロントは多文化都市として知られていて、アジア人コミュニティも大きいようです。りほさんの周りの日本人の友人も、差別を受けたという話はあまり聞かないそうです。
大麻が合法でも「身の危険」は感じない
治安について、率直な感想を聞きました。
身の危険を感じることは絶対にないなっていう感じで。例えばアメリカとか銃社会で、そういう面でちょっと怖いみたいなのがイメージされやすいかなと思うんですけど、そういう面はあんまり感じたことはなくて。
気になる点を挙げるとすれば、カナダでは大麻が合法であること、そしてホームレスの人口が多いことだそうです。街を歩いていてホームレスの方がすぐ近くにいるのは日常茶飯事。ただ、「住んじゃえば別に気にならないし、襲ってくるとか、なんかされるみたいなことはない」といいます。
夜の外出も、ダウンタウンであればそこまで心配していないそうです。自分が住んでいるところや出歩くエリアはお店が多く、大学の近くなので比較的安心できる環境だといいます。
もう全然一人でも結構真夜中に帰ってきたりとか、友達の家遊びに行っててそのまま家帰る時とか、Uberする時もあれば近かったらまぁちょっと歩いちゃうみたいな時も全然あります。
もちろん気をつけるに越したことはないものの、全体的には安心して過ごせる街だと感じているようです。
一番大変なのは冬の寒さと暗さ
トロントで暮らすうえで、一番大変なのは何かと聞くと、即答で返ってきたのが「冬」でした。
トロント、カナダ特有だとめちゃめちゃ寒いっていうのがやっぱりあって。今とかマイナス2度ですけど、昨日とかマイナス8度とか余裕で行ってたので。寒くて暗くてみたいな時期が学生生活の中で多いっていうのは、どうしてもしょうがなくてあって。
11月から3月頃まで、長い冬が続きます。去年は4月の頭まで雪が降っていたそうです。日照時間も短く、日が出ていても空がグレーで、「なんかぼやっとしてる」のが続くのだとか。




お日様の光を感じられる日が少ないと、どうしても気分が沈みがちになる。これはトロントに住む多くの人が口にすることだそうです。「みんな言いますね」と、りほさんも頷いていました。
卒業後のキャリアと就活
大学院進学か外資系就職か、今は返事待ち
卒業後の進路について聞いてみました。りほさんは現在、大学院への進学と就職の両方を視野に入れています。
院に受かったらの前提条件なんですけど、院に受かったら大学院に行きたいかなと思ってます。
理系の学部ということもあり、さらに深く医療系の分野を学びたいという思いがあるそうです。大学院の結果は、今まさに返事を待っているところ。
りほさんは就職活動も並行して進めていました。海外大生やバイリンガル向けの就活イベント「ボストンキャリアフォーラム(ボスキャリ)」を通じて、外資系企業を中心にエントリー。ボスキャリのサイトからアプライしたのがほとんどだったそうです。結果、内定を獲得しています。
ボスキャリに向けた怒涛の日々
就活準備と学業の両立は、やはり大変だったようです。
ボスキャリは11月中旬〜後半に開催されます。りほさんがエントリーを始めたのは9月中旬頃からで、周囲と比べると少し遅めのスタートだったそうです。
本当に毎日面接あったりとか、一日に2回面接あったりとかっていうようなスケジュール感は全然ありました。
オンライン面接が続いた時期は、授業との両立が特に大変だったといいます。企業側も同じ時期に選考を進めるため、日程が重なりやすいのだとか。
結果的には、ボスキャリの開催前に内定を獲得。本番は「気軽な気持ちで挑めた」そうです。
小学3年生のロンドン体験から始まり、インターナショナルスクール、そしてトロント大学へ。4年間の大学生活を経て、りほさんはまもなく卒業を迎えます。
最後に、これから留学を考えている人へのメッセージを聞きました。
少しでも興味があるのであればぜひチャレンジしてほしいなぁと思います。どこに行くにしても絶対に楽しい学生生活が待っていると思うので、ぜひチャレンジしてほしいです。
続きの記事について
TOEFL 113点、SAT 1500点。どちらも1回の受験で取得。カナダの大学は全校合格、アメリカもUCバークレーを含む複数校に合格。
ここまで読んでくださった方のなかには、「すごいけど、インターナショナルスクール育ちだからでしょ」と思った方もいるかもしれません。でも、インタビューのなかでりほさんが話してくれたのは、結果の裏にあった具体的な準備の話でした。SAT対策を本番の1年以上前から始めていたこと。14校分のエッセイを、ある方法で効率的に展開していたこと。それは「もともとできた人の話」ではなく、「どうやってその結果にたどり着いたか」の詳細でした。
もうひとつ、この記事では触れきれなかったのが、お金の話です。りほさんはUCバークレーにも合格しています。それでもトロント大学を選んだ。その判断の裏には、奨学金の具体的な金額と、4年間の配分がありました。
続きの記事では、テスト対策からエッセイ準備、大学選びの判断軸、奨学金の内訳、生活費の工夫、そして就活の舞台裏まで、りほさんが実際にどうしたのかを詳しくお伝えしています。
- TOEFL・SATを「高2秋」に受けた理由
- 本番の1年以上前から始まっていた準備
- 1回で結果を出せた背景
- 14校出願のリアル──エッセイ準備の舞台裏
- 14校分のエッセイを一から書いたわけではない
- 締め切りに追われながら繰り返した書き直し
- IBとの両立で意識したこと
- 科目ごとに異なるIAの形式と、その選び方
- Predicted Gradeと実際のスコアに差が出た話
- トロント大学を選んだ「判断の軸」
- UCバークレーに受かっても選ばなかった理由
- 最終的な決め手になったもの
- 奨学金と生活費のリアルな内訳
- 4年間の奨学金の総額と配分
- 学費と生活費、それぞれ誰がどう負担しているか
- アルバイト、銀行口座、携帯、保険の実際
- 住まいの変遷と費用の工夫
- 寮からルームシェアへ、家賃はどう変わったか
- 夏休み4ヶ月の家賃をどうしたか
- 交通費がほぼゼロになる理由
- 授業と友人関係──期待と現実のギャップ
- 1〜2年次の授業で友達はできたか
- 高学年で変わった教授との距離感
- 就活とボスキャリの舞台裏
- 周りより遅いスタートで何社受けたか
- ボスキャリ本番を「気軽に挑めた」理由








